2017年04月20日

帰国&旅行記完成

ヤンゴン旅行記6日目


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  パヤタイのホテルを6時10分前に出発し、駅へ。エアポート・レールリンクの始発電車に乗るためだ。始発をめざして、あちこちから人が集まっている。運よく座れたのだが、下手をすると始発駅なのに座れないだろう。

 スワンナブーム空港に着くと、すぐにJALのチェックイン。事前にマイルを利用して、ビジネスクラスにアップグレードしている。

 JALサクララウンジがリニューアル工事中で、Louis’Tavern CIPラウンジに案内された。ここは、プライオリティパスで入場できるラウンジなのだが、今回はインビテーションカードを渡して入場した。


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   朝食をいただいた。そこそこ充実したセルフサービスメニューである。

 Louis’Tavern CIPラウンジはスワンナブームに5ヶ所あるのだが、案内されたのはGコンコースのラウンジ。ここが最も広く、シャワーがあるのはここだけだ。シャワーは使わなかったが、ここが最も施設がよいのではないかと思う。実際、他に使ったことがあるのが1ヶ所あるが、そこよりかなり良かった。


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 しばらく休憩して、JL32に搭乗する。


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 ビジネスクラスは新型の進行方向に対して斜めに座るタイプの座席だ。


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 予約しておいたのは、右側窓側の席。


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   着席した席。通路に面しているが、ある程度の個室感を感じるような構造である。


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 水平飛行に入り、飲物サービスがある。シャンパンでおつまみ。


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 前菜と白ワイン。


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 メインはビーフステーキなのだが、日本酒とご飯をいただいた。日本酒は、純米大吟醸の「来福」。茨城県の地酒だ。


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 デザートとコーヒー。


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 到着1時間ほど前に、「うどんですかい」とアイスクリームをいただく。


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 トイレ横のスペースには正月らしい飾り付けがあった。


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 羽田に到着。国内線ターミナルに移動。ラウンジで少し休憩。カレーパンがあったので、いただいた。


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 伊丹へは、ファーストクラス・アップグレード券を使って、ファーストクラスを利用。


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 食事は、西表島の「ホテルニライカナイ西表島」が監修するものだった。

 まもなく伊丹に到着。今回の旅行も無事に終了。


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ヤンゴン旅行記、これで完結です。

ヤンゴン旅行記は、HP「ユーラシア紀行」にもアップロードしました。

このブログの旅行記は、すべて「ユーラシア紀行」にほぼ同一内容で転載しています。

各旅行記は、「ユーラシア紀行」で見ると、旅程の順になっています。(ブログでは、旅程とは逆順。)また、ほとんどは1日分を1ページにしています。

そのため、旅行記をまとめてご覧になる場合は、「ユーラシア紀行」をご覧になると便利で、わかりやすいです。

このブログから、「ユーラシア紀行」への行き方は、次の通りです。

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「ユーラシア紀行」のトップページには各旅行記へのリンクが、エリア別に作ってあるので、ご覧になりたいものを選んでください。

この旅行記は、「ベトナム・ラオス・カンボジア・ミャンマー」にある「17ヤンゴン」にリンクしてあります。
posted by とんび at 21:08| Comment(0) | ミャンマー

2017年04月16日

ガレージ食堂でバンコクオフ会

ヤンゴン旅行記5日目2回目


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  あとは帰国だけとなったバンコク立ち寄りの日だが、スペシャルイベントがある。ネット友のasian night`sさん とのオフ会だ。

 BTSをプルンチットで下車してスクンビット通りをナナ方面に歩く。貨物線の線路を越えると、道路沿いに会場のガレージ食堂が見えてきた。スクンビット通りに数あるソイの中でも、ナンバーワンのソイ1が交わる場所だ。

 asian night`sさんとはすぐに合流。お会いするのは3回目、オフ会でお世話になるのは2回目。


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 ガレージ食堂は、ガレージというか倉庫というか、大きなカマボコ型の建物の中にある食堂だ。同じような食堂が2軒隣り合っていて、同じ経営なのか、別なのかはよくわからないが、東側の店のほうに入った。

 入口には調理場と食材置き場がある。自分で食材を選んで料理してもらうこともできそうだ。


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   座っているところから、入口のほうを撮影。結構、奥行がある食堂だとわかる。工事現場のような金属板で隣の食堂と仕切られている。

 いかにもタイらしくていい雰囲気にあふれているのだが、難点はオープンエアであるため、暑いことだ。扇風機はあるのだが、座った位置には風がやってこなかった。


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 なにはともあれ、asian night`sさんと再会を祝して、シンハビールで乾杯。暑い中、汗をかきながら、氷を浮かべたタイ式で飲むシンハは最高にうまい。

 話題になったのが、シンハの大瓶のこと。一時はシンハビールの大瓶が廃止されていて、中瓶だけになっていた時期があった。その後、いつのまにか大瓶が復活していたのだが、瓶の形が昔とは違っていて、ちょっとスリムになり、そして容量も少しだが減らされているということ。

 このあと、asian night`sさんとタイの話や飛行機の話など、次から次へとお話ができた。


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 バップンファイディーン。空芯菜炒め。


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  クイチャーイ。黄ニラ炒め。

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 ホイクレーン。茹でた貝。

 この貝は、隣のテーブルで食事をしていたタイ人女性が、美味しいから食べろと強く勧めてきたので頼んだものだ。確かに美味しい。


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 コムヤーン。豚の喉肉を焼いたもの。


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 カオパックン。海老入りチャーハン。

 お話はつきなかったが、翌日は早朝に空港に向うので、ほどほどに切り上げ、asian night`sさんとお別れし、ホテルに戻った。
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2017年04月15日

エアアジアでドンムアン、そしてホテルへ

ヤンゴン旅行記5日目1回目


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 最後の朝食。普通の洋朝食にした。定食であるが、量も多いうえ、卵料理の味もいい。この日はオムレツにした。値段のわりに満足できたゲストハウスだったが、次回のヤンゴン滞在では別のホテルに泊まろうと思う。

 ホスピタリティにあふれるのはいいのだが、ネットがつながりにくく、冷蔵庫がなく、日本風数え方で4階なのにエレベーターがないことを考えると、総合的には別のホテルにしたい。


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 朝食後、すぐにチェックアウトした。大通りに出てタクシーを拾って空港に向った。空港から市内へは7000Kにどうしても下がらず、8000K払ったのだが、市内から空港へは7000K(約620円)で即決だった。

 45分ほどの乗車で空港に到着した。エアアジアはターミナル1に発着するので、ターミナル1を指定して、空港に向った。ターミナル2は歩いて行ける距離にある。帰国後まもなく、国内線専用のターミナル3も完成した。


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 12時55分発のエアアジア、ドンムアン空港行きに搭乗するのだが、3時間以上前に空港について、チェックインがまだ始まっておらず、空港内をうろうろ。クリスマスと新年の飾りは、なんだかミャンマーのイメージにはあわない。


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 チェックイン、保安検査、出国審査を経て、搭乗ゲートへ。プライオリティパスで利用できるラウンジがなく、ゲート前で待つ。


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 待合室にはミネラルウォーターが置かれていて、いただいた。このような設備は初めて見たのだが、ミャンマーでは、飲料水の入った甕を道端に置いて提供する文化があるが、その関係だろうか。


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 FD256に搭乗。


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 機内の様子。元日であるためか、乗客は半分ほどの入りだった。


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 機内食をあらかじめ頼んでおいた。70バーツでまったく期待していなかった。サンドイッチと水であったが、食事をとりにくい状況だったので助かった。


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 ドンムアンに到着した搭乗機。往路はゲートからブリッジでの搭乗だったが、復路はバス連絡だ。機体の絵は誰なのだろう。


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 エアポートバス乗場へ。A1はモーチット駅から北バスターミナルへ向かう。A2は戦勝記念塔に向う。


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 どちらに乗車してもよかったのだが、頻発しているA1がやってきたのでA1に乗車。A2は30分ごとのようだ。


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   モーチット駅で下車。駅の少し北側でバスを降りBTSの駅に向った。


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 BTSをパヤタイで下車して、ホテルへ。泊まるのは「アイ・チェックイン・メイフェア・プラトゥーナム」。エアポート・レールリンクのパヤタイ駅の端から100mほどしか離れていないし、出口からも400mほどの距離なのだが、道がわかりにくい。近道があるのだが、付近の事情を知る地元民しか通らないような経路を通らないとならない。そのため、ホテルに行きつくのに遠回りして、駅から15分くらいかかってしまった。


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 室内。満足いくものだった。夜にはオフ会を予定しているので、ホテルに着いた旨を連絡し、しばらく休憩した。
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2017年04月14日

年越しのシャンカウスエ

ヤンゴン旅行記4日目5回目


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   夕食は、「999」というシャンヌードルの店へ。ベトナムのビール「333」を連想させる店名だ。シャンは、ミャンマーの東部の州。独立運動の活発な地域だ。シャン独自の料理はいろいろあるが、油ギトギト系のめだつミャンマー料理に対して、あっさり系の料理が多い。ヤンゴン到着当日はシャン料理の店で夕食をとった。この店はシャンのヌードル、つまりシャンカウスエの専門店だ。


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 シャンカウスエ。スープ麺とスープなしを選べるのだが、スープ麺にした。麺は米の麺で、標準的な太さの麺だ。1500チャット。

 スープはチキンからとっているようだ。全体としてはあまり辛くないが辣油のようなのが入っていて、ピリッとはする。具は鶏そぼろで、ごまとパクチーがかけてある。漬物が小皿でついてくる。


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  トーフ。一口大に切って、揚げてある。中華圏の臭豆腐に似た食感なのだが、表面には凸凹がなく、臭豆腐や日本の厚揚げとは見た目が違う。タレをつけて食べる。1200チャット。


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  飲物はビールのつもりだったが、この店はビールがなかった。それで、珍しそうなものをと、ストロベリースムージーを注文。スムージーは凍った状態のフルーツや野菜でつくったジュース。2500チャット。


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 帰り道、コンビニに立ち寄り。


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 ビールを買って、部屋で飲んだ。アンダマンとヨマ、どちらもミャンマー製のビールだ。外食のさいのビールはほぼミャンマービールしかないのだが、コンビニの缶ビールは結構、種類が豊富なのが不思議だ。

 この日は大晦日。部屋で休んでいると、年がかわるころに花火の音がしてきた。公的な行事で大々的にやっているという感じじゃなく、市民が勝手にあちこちで打ち上げてるような音がする。それで、外出が面倒くさくなり、見に行くのはやめて、ベッドで音だけ聞いた。
posted by とんび at 07:02| Comment(2) | ミャンマー

2017年04月13日

ウ・タント・ハウス行ったあとぶらぶら街歩き

ヤンゴン旅行記4日目4回目


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  2日前にもやってきたが、閉館だったウ・タント・ハウス。今度は開館しているときにやってきた。

 ウ・タントは、ミャンマー(当時はビルマ)出身の国連事務総長。ビルマの国連代表をへて、1961年から1971年まで事務総長に在任した。在任期間中に、キューバ危機やコンゴ動乱があった。

 1968年から軍事独裁政権が続く中で、ウ・タントは政権とは距離をおき、退任後も米国にとどまった。1974年の死後、遺体がミャンマーに戻り、シュエダゴンに埋葬されたが、軍事独裁政権では評価されてこなかった。


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   ウ・タント・ハウスは、彼がビルマの国連代表になる前、ビルマ政府の閣僚をしていた当時の家だ。長らく放置されてきたのだが、民主化後の2015年に整備され、公開されるようになった。

 ここは応接室のようだが、壁面には彼の業績の展示パネルがある。


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 彼の書斎。


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 パネルの中の写真から1枚。若いころのタイのプミポン前国王と握手する姿。このほか、有名政治家との写真が多く飾ってあった。


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   ウ・タント・ハウスを出て、タクシーでボウタタウン・パゴダに向った。ヤンゴンの市街地の北端から南端への移動で、30分ほどかかった。4000チャット。


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 堂内は金でできた扉が並び圧巻であった。こうした部屋がいくつも連続して、どこまで続くのかと思わせた。彫刻も繊細でひとつひとつ見ると全部違っているのも面白い。


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 ボウタタウン・パゴダを出た後、臨港線の路面電車があるとのことで、停留所で30分ほど待ったが、動いている気配がせず、乗車をあきらめた。果たして運転されているのだろうか。


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   路面電車の乗車をあきらめて、近くのバス停から路線バスに乗車して市内中心部に向うことにした。

 とはいえ、行先はミャンマー文字、系統番号はミャンマー数字で、どこに連れていかれるかわからないバスだ。バスの向きが市内中心部の方を向いているという理由だけで乗車。


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  バス車内。立っているのが車掌。乗れば運賃を集めにくる。運賃は200チャット(約17円)。

 バスが交差点を曲がるとドキッとするが、何とか市内中心部のチャイナタウンで下車することができた。


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 チャイナタウンを散策。新年の飾りを売る店か。

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 クーン(噛みたばこ)の屋台。

 キンマ(コショウ科の植物)の葉っぱの上に、石灰をこねたものを塗り、その上にビンロウ(檳榔)(ヤシ科の木)の種子を刻んだものを置いている。それをガムのように噛むそうだ。そのとき、口の中が真っ赤になるのだという。


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 スーレーパゴダ。ロータリーの真ん中にあるパゴダだ。2階の入口に直結している歩道橋があるので、そこを渡り、2階から入場した。

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 中に入ると、床面に水を流して掃除をしていた。掃除直後の床は、冷たくてきれいで気持ちがいい。


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 外側からは中心のパゴダ以外は見えないが、中に入ってみると、中心のパゴダの周りに小さなパゴダが配置されていることがわかる。
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2017年04月11日

再度アウン・トゥカで昼食

ヤンゴン旅行記4日目3回目


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  アウンサン廟を出て向ったのは、2日前にも行ったアウン・トゥカ。最初に予定していた店がどこにあるかわからなかったので、経路などから考えて、ここしか思い浮かばなたった。


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 今回は、屋内のテーブルに空きを見つけ、屋内で食べた。


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 この日の昼食。調理場まで行って、並ぶ料理に指さして選んだのは2日前と同じ。なるべく、2日前とは別の料理を選んだ。 


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 何か尋ねると、フィッシュと答えられたが、何の魚かは不明。身を細かく刻んであるのが特徴。2日前は、まだ形が残るフィッシュを食べたので、別のものと考える。


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 とうもろこし。とうもろこしの身をすりつぶしたような料理だ。


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 チキンのカレー煮。一品くらいは油ギトギト系があってもいいだろう。


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 無料のつけあわせ野菜。にんじんはかなりひからびている。何度も使いまわされているのだろうからやむを得ないか。


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 ミャンマービール。炎天下を歩いてきたあとなので、実にうまい。


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 無料のスープ。ネギや竹の子が入っていて、見た目は和風のスープだ。味はチキンからとった出汁がでていて、濃いスープだ。 
posted by とんび at 23:57| Comment(0) | ミャンマー

2017年04月09日

北朝鮮による爆弾テロのあったアウンサン廟へ

ヤンゴン旅行記4日目2回目


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 2つの興味深いパゴダを見た後は、カンドージー湖をながめて、そのあとモヒンガーの有名店で昼食をとって、2日前には閉まっていたアウンサン廟に向かう予定だ。

 カンドージー湖へは1km強なので歩いたが、日蔭がほとんどない歩道が続いたので閉口した。

 突然、エスカレータを備えた屋根付き歩道橋があってびっくりした。しかもエスカレータに近づくと動いたのでさらにびっくり。


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  カンドージー湖。水草が浮かんでいて、3日前に行ったインヤー湖ほどきれいではない。カフェがあるので、休もうかとも思ったのだが、すぐあとに昼食のつもりだったのでパス。


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 再びシュエダゴン・パゴダの近くへ。今度は東門の近くだ。商店街になっている。花屋が何軒も続く一角があった。

 この付近にモヒンガーの有名店があるとガイドブックに書かれていたのでやってきたのだ。それらしき付近を数往復して探したのだが、結局わからずじまい。モヒンガーはあきらめ、アウンサン廟を見た後、2日前に行ったミャンマー料理店に再び行こう。

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 シュエダゴンの東門。この日はシュエダゴンには参拝しないのだが、アウンサン廟に行くためには、参道の階段を途中まで上る必要がある。裸足になって屋根付きの階段を少し上がった。


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 参道の途中に幹線道路が交差している。写真は南門の方向を撮影している。南門の前から緩い上りになっていて、東門よりは高い位置を道路が通っているのだ。このすぐ近くに、シュエダゴンの丘の上に上がるためのエレベーターがあった。


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  幹線道路を進むと、シュエダゴンの北側にアウンサン廟がある。入口には人は見えず、2日前に続きまたも入れないのかと思ったが、中に入ることができた。


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 中に入ると、右手に軍の詰所のようなのがあり、そこで名前とパスポート(ミャンマー人はID)の番号を書かされた。外国人は入場料がいるようで、お金を集めにやってきた掃除人に3000チャットを払うと、胸にシールを貼られた。MARTYRは殉教者の意味で、アウンサン以外にも独立に尽くした人物が葬られている。だから正確には「殉教者廟」なのだが、一般的には「アウンサン廟」とよんでいるようだ。


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 墓まで200mほどの間にパネル展示がおこなわれている。葬られている人物の功績の紹介だ。ほとんどミャンマー語だけなのだが、雰囲気は伝わってきて、何を言いたのかわかるところも多い。

 アウンサン将軍のパネル展示は特に詳しい。

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 アウンサンは、第2次大戦時に日本の支援で独立のための軍を立ち上げ、イギリス軍を淘汰した。しかし、日本軍が劣勢になると、イギリス側に寝返り、戦後の独立をめざした。イギリスは独立を認めず、英領ビルマ政府の代表として独立交渉を行った。独立が目前になったときに、暗殺された。交渉によって独立した点が、独立戦争を経験したインドネシアやベトナムと異なる。

 写真は、アウンサンの一家。真中の下が長女であるアウンサン・スー・チー。


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 1983年、北朝鮮が、アウンサン廟を訪問した韓国の全斗煥大統領を暗殺するための爆弾テロを起こした。大統領は無事だったが、韓国人、ミャンマー人の死者が出た。

 ミャンマー(当時はビルマ)はすでに軍事独裁政権の時代になっていて、国名も「ビルマ連邦社会主義共和国」で、北朝鮮寄りの国であったが、この事件で北朝鮮と断交。(軍事政権末期の2007年に国交回復した。)

 そして、この廟も爆弾テロのあと閉鎖され、11年前のミャンマー旅行のさいも閉鎖されたままだった。11年前の時点では、軍事政権がアウンサン・スー・チーの人気上昇につながる危険を感じての閉鎖だったと思う。ここが開放されたのは2013年。ただ、毎日開いてるわけじゃなく、土日だけということは知らず、2日前にやってきて入れなかったわけだ。

 写真が、殉教者たちの墓が並ぶ廟。真っ赤にぬられている。この屋根の上に爆弾があったのだという。墓は9つあり、真ん中がアウンサン将軍の墓。


////////////追加//////////////
偶然ですが、この記事をアップしたその日の夜、民放の番組で大事件を振り返るような番組をやっています。(たった今です)
そこでアウンサン廟の爆破事件も取り上げられていました。
その映像によると、事件当時のアウンサン廟は現在の廟とはまったく異なる形をしていたようです。
屋根の上にどうやって爆弾を設置するのかと思いましたが、当時は墓が並ぶ上に屋根があって、それが爆破されたことがわかりました。
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   アウンサン将軍の墓。他の墓よりは少し大きくつくってある。

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 廟の前には階段がある。撮影している自分の背中の側にも門があったが、閉鎖されていた。外国要人がミャンマーを訪問するときは、ここで献花することが多いようで、最近では安倍首相も同様であったらしい。その場合、閉鎖されている門から入場し、階段を上がるのだろう。

 ハングルで書かれた銘板もあり、爆弾テロ犠牲者の慰霊碑と思われる。再び入場した入口へ戻り、退出した。この間、30分ほどだが警備の軍人と掃除人以外は誰も入場していなかった。
posted by とんび at 13:02| Comment(2) | ミャンマー

2017年04月08日

オンノカウスエ食べて、変わりものパゴダ2つへ

ヤンゴン旅行記4日目1回目

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 ヤンゴンの旅、動きまわれるのは3日間。この日はその3日目で、大晦日。朝食は、特別にミャンマー風の麺を頼んである。前日はモヒンガーだったが、この日はオンノカウスエ。

 オンノカウスエは、ココノナツミルクを大量に入れたスープで一見、トンコツラーメンのスープのように見える。味はとてもまろやかだが、香辛料がきいていて、甘い中に辛さがある。麺は小麦の細麺。ミャンマーの麺はほとんど米麺なので、小麦麺は少数派だ。具は何かの天ぷらのようなもの。


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 洋食のトースとと卵料理にかえてのオンノカウスエで、前日のモヒンガーの場合と同じ。

 モヒンガーとオンノカウスエがミャンマーを代表する麺だが、どちらがよいかと言われたら、自分の場合は、モヒンガーかな。


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 朝食後すぐに街歩きスタート。はじめにボージョー・アウンサンマーケットへ。前々日にきたときには、すでに店じまいしたあとだったので、改めて訪問した。

 衣類と雑貨の店がほとんどで宝石店もある。奥のほうの一角には食堂のエリアもあるが、生鮮食料品は扱っていない。


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 建物の中のほうの店。生鮮食料品がないためか、アジアの市場に特有の臭いがなく、床がぬれているということもない。でも刺激に欠けるのが難点だ。


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 マーケットを出て、鉄道の上を通る橋までやってきた。下には駅があって、中央駅の西となりの駅だ。

 ちょうど列車が停車していた。環状線の列車だろう。線路を歩いて乗り降りする人がたくさんいる。客車の多くは、隣の車両に行けないのだが、最後尾から見ると、そのこともわかる。


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   路線バスでシュエダゴンパゴダの前まで乗車。路線バスは系統番号がミャンマー数字で書いてあって、乗るにはハードルが高すぎるのだが、乗車地点からシュエダゴンパゴダまでは一直線なので、乗ってみた。

 ミニバスで何とか座ることができた。運賃は200チャット(約17円)。シュエダゴンパゴダまで1.5kmほどなのだが、渋滞があって20分くらいかかった。


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  シュエダゴン・パゴダの南門の向かいには、名前のよくわからないパゴダがあるのだが、その境内がにぎわっていた。移動式の遊園地になっていた。


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 仏塔に飾りをつけて、クリスマスツリーにしていた。仏教への信仰のあついミャンマーで、こういうことが許されているのが驚き。


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 このパゴダの塔だが、離れて眺めると、1階、2階、3階の屋根の下の黒い丸窓が人の目のように見えるのが面白い。


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   続いて、シュエダゴン・パゴダの南東にあるマハーウィザラ・パゴダへ。ちょっとした丘の上にあり、炎天下のため上がるのが大変だ。


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   このパゴダの中に入ってびっくり。礼拝堂の壁に樹木が描かれているのだ。森の中で礼拝しているような錯覚をおこす。


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 天井画は幻想的なものだ。外は暑いので、しばらく休憩。
posted by とんび at 08:44| Comment(4) | ミャンマー

2017年04月02日

間もなく帰国 & 帰国しました

JL408でフランクフルトから成田に向かっています。機内wifiを利用しています。まもなく帰国です。

ベルリン2日目は、東ドイツの秘密警察のシュタージの刑務所へ。見学ツアーの待ち時間と見学ツアーでかなり時間を要しましたが、印象深いところへ行けたと思います。そのあとは、シュタージの本部があったところがミュージアムになっていて、見にいきました。ここも見学に時間がかかり、この日はシュタージ関連2ヶ所に行っただけでした。時間切れで見られませんでしたが、しゅたーじの集めた個人資料の公開もしていました。東ドイツの消滅から27年ですが、シュタージの追求は今も続けられているのも驚きでした。疲れたこともあり、夕食はスーパーでいろいろ買って部屋でいただきました。こういうのもたまにはいいですね。

3日目は、ザクセンハウゼンの強制収容所に行きました。ナチス時代の強制収容所は、アウシュヴィッツをはじめとしていくつか訪問しているのですが、またいってきました。ここの特徴は、前身がナチス時代の最初の強制収容所だったこと、各地の強制収容所を統括する本部があったこと、第2次大戦後、ソ連が東ドイツを占領していた当時、ソ連による収容所があったことなどです。ここの見学にも時間を要しました。ベルリンに戻った後、壁があった当時に、西側との出入口であったフリードリヒシュトラッセ駅に残る、東から西に戻る人たちの検問所の建物へ行ってきました。中ではかつての検問所を再現しています。最後に東ドイツについてのミュージアムに行きました。たまたまですが、その近くにベルリンで最も古くからあるビアガーデンで夕食をとりました。

そして最終日は、西ベルリンにあった核シェルターを見学後、ホテルをチェックアウトし、空港に向かいました。フランクフルトへはルフトハンザを利用しました。そしてJALに乗り継いだわけです。


【帰国後の追加です】

成田に到着しました。伊丹への乗り継ぎ待ちをしているところです。3年ほど前は、成田での乗り継ぎの国内線の保安検査場で長く待たされるのが辛かったですが、今や、LCCが第3ターミナルにうつったことと、JAL便もある程度は羽田に移ったこととで、閑散とした保安検査場でした。このあと、伊丹へ向かい、帰宅します。

なるべく早く旅行記に取りかかりたいのですが、今、年末年始のヤンゴン旅行記を書いています。そのあと、2月の高雄旅行記、3月の台北旅行記を完成させてからベルリン旅行記に取りかかろうと思います。
posted by とんび at 07:08| Comment(8) | ドイツ

2017年03月30日

ベルリン滞在中

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ベルリンにやってきました。1日目はパリ経由で移動だけでした。パリからベルリンははじめてのエアベルリン。半LCCといってよいような会社ですね。テーゲル空港に着いたのが遅くて、SIMが買えませんでした。2日目も街中をあるているだけでは携帯ショップも見当たらなかったので、今回はSIMなしです。ショッピングセンターに入ったりしたら、店があったかもしれませんが、観光時間を削りたくないので、今回は買いません。

で、ネットが使えるのは、ホテルのwifiのみ。幸いホテルのネットはなかなか良いです。今回は予定をほとんど立てずにやってきたので、いくところを決めるために調べることが多くて助かっています。調べ物が多くて、昨日はここでの報告もできませんでした。

2日目からベルリン観光スタートでしたが、ベルリンに壁にかかわるようなところを回りました。写真はベルナウアー通りというところに残されている壁です。ここは今回はじめてやってきました。かなりの区間にわたって壁が残されているうえ、監視塔や見張りのためのライトなど見るものがおおく、近年、ミュージアムもできたので、このエリアだけで2時間くらい過ごしました。

そのあとも、壁のあとやミュージアムをみました。さらに前回来たときには、建物の地下だけが残されていたナチスの秘密警察ですが、ミュージアムができていて、ここも見て回るのに時間を要しました。8時半にホテルをでて、21時半に帰りました。この中には3食とも外食にした食事時間も入っていて、注文した料理が出てくるのに時間がかかったことも影響しています。

旅行前には、博物館島も行ってみたいと書いていましたが、ホテルのwifiを使って調べた結果、今回は20世紀に入って起こった出来事に関係深いところを中心にみて回ろうと気持ちが変わって来ました。きょうは東ドイツの秘密警察のミュージアムなどを回ろうと思います。

posted by とんび at 11:59| Comment(8) | ドイツ