2017年04月09日

北朝鮮による爆弾テロのあったアウンサン廟へ

ヤンゴン旅行記4日目2回目


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 2つの興味深いパゴダを見た後は、カンドージー湖をながめて、そのあとモヒンガーの有名店で昼食をとって、2日前には閉まっていたアウンサン廟に向かう予定だ。

 カンドージー湖へは1km強なので歩いたが、日蔭がほとんどない歩道が続いたので閉口した。

 突然、エスカレータを備えた屋根付き歩道橋があってびっくりした。しかもエスカレータに近づくと動いたのでさらにびっくり。


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  カンドージー湖。水草が浮かんでいて、3日前に行ったインヤー湖ほどきれいではない。カフェがあるので、休もうかとも思ったのだが、すぐあとに昼食のつもりだったのでパス。


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 再びシュエダゴン・パゴダの近くへ。今度は東門の近くだ。商店街になっている。花屋が何軒も続く一角があった。

 この付近にモヒンガーの有名店があるとガイドブックに書かれていたのでやってきたのだ。それらしき付近を数往復して探したのだが、結局わからずじまい。モヒンガーはあきらめ、アウンサン廟を見た後、2日前に行ったミャンマー料理店に再び行こう。

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 シュエダゴンの東門。この日はシュエダゴンには参拝しないのだが、アウンサン廟に行くためには、参道の階段を途中まで上る必要がある。裸足になって屋根付きの階段を少し上がった。


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 参道の途中に幹線道路が交差している。写真は南門の方向を撮影している。南門の前から緩い上りになっていて、東門よりは高い位置を道路が通っているのだ。このすぐ近くに、シュエダゴンの丘の上に上がるためのエレベーターがあった。


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  幹線道路を進むと、シュエダゴンの北側にアウンサン廟がある。入口には人は見えず、2日前に続きまたも入れないのかと思ったが、中に入ることができた。


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 中に入ると、右手に軍の詰所のようなのがあり、そこで名前とパスポート(ミャンマー人はID)の番号を書かされた。外国人は入場料がいるようで、お金を集めにやってきた掃除人に3000チャットを払うと、胸にシールを貼られた。MARTYRは殉教者の意味で、アウンサン以外にも独立に尽くした人物が葬られている。だから正確には「殉教者廟」なのだが、一般的には「アウンサン廟」とよんでいるようだ。


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 墓まで200mほどの間にパネル展示がおこなわれている。葬られている人物の功績の紹介だ。ほとんどミャンマー語だけなのだが、雰囲気は伝わってきて、何を言いたのかわかるところも多い。

 アウンサン将軍のパネル展示は特に詳しい。

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 アウンサンは、第2次大戦時に日本の支援で独立のための軍を立ち上げ、イギリス軍を淘汰した。しかし、日本軍が劣勢になると、イギリス側に寝返り、戦後の独立をめざした。イギリスは独立を認めず、英領ビルマ政府の代表として独立交渉を行った。独立が目前になったときに、暗殺された。交渉によって独立した点が、独立戦争を経験したインドネシアやベトナムと異なる。

 写真は、アウンサンの一家。真中の下が長女であるアウンサン・スー・チー。


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 1983年、北朝鮮が、アウンサン廟を訪問した韓国の全斗煥大統領を暗殺するための爆弾テロを起こした。大統領は無事だったが、韓国人、ミャンマー人の死者が出た。

 ミャンマー(当時はビルマ)はすでに軍事独裁政権の時代になっていて、国名も「ビルマ連邦社会主義共和国」で、北朝鮮寄りの国であったが、この事件で北朝鮮と断交。(軍事政権末期の2007年に国交回復した。)

 そして、この廟も爆弾テロのあと閉鎖され、11年前のミャンマー旅行のさいも閉鎖されたままだった。11年前の時点では、軍事政権がアウンサン・スー・チーの人気上昇につながる危険を感じての閉鎖だったと思う。ここが開放されたのは2013年。ただ、毎日開いてるわけじゃなく、土日だけということは知らず、2日前にやってきて入れなかったわけだ。

 写真が、殉教者たちの墓が並ぶ廟。真っ赤にぬられている。この屋根の上に爆弾があったのだという。墓は9つあり、真ん中がアウンサン将軍の墓。


////////////追加//////////////
偶然ですが、この記事をアップしたその日の夜、民放の番組で大事件を振り返るような番組をやっています。(たった今です)
そこでアウンサン廟の爆破事件も取り上げられていました。
その映像によると、事件当時のアウンサン廟は現在の廟とはまったく異なる形をしていたようです。
屋根の上にどうやって爆弾を設置するのかと思いましたが、当時は墓が並ぶ上に屋根があって、それが爆破されたことがわかりました。
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   アウンサン将軍の墓。他の墓よりは少し大きくつくってある。

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 廟の前には階段がある。撮影している自分の背中の側にも門があったが、閉鎖されていた。外国要人がミャンマーを訪問するときは、ここで献花することが多いようで、最近では安倍首相も同様であったらしい。その場合、閉鎖されている門から入場し、階段を上がるのだろう。

 ハングルで書かれた銘板もあり、爆弾テロ犠牲者の慰霊碑と思われる。再び入場した入口へ戻り、退出した。この間、30分ほどだが警備の軍人と掃除人以外は誰も入場していなかった。
posted by とんび at 13:02| Comment(2) | ミャンマー

2017年04月08日

オンノカウスエ食べて、変わりものパゴダ2つへ

ヤンゴン旅行記4日目1回目

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 ヤンゴンの旅、動きまわれるのは3日間。この日はその3日目で、大晦日。朝食は、特別にミャンマー風の麺を頼んである。前日はモヒンガーだったが、この日はオンノカウスエ。

 オンノカウスエは、ココノナツミルクを大量に入れたスープで一見、トンコツラーメンのスープのように見える。味はとてもまろやかだが、香辛料がきいていて、甘い中に辛さがある。麺は小麦の細麺。ミャンマーの麺はほとんど米麺なので、小麦麺は少数派だ。具は何かの天ぷらのようなもの。


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 洋食のトースとと卵料理にかえてのオンノカウスエで、前日のモヒンガーの場合と同じ。

 モヒンガーとオンノカウスエがミャンマーを代表する麺だが、どちらがよいかと言われたら、自分の場合は、モヒンガーかな。


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 朝食後すぐに街歩きスタート。はじめにボージョー・アウンサンマーケットへ。前々日にきたときには、すでに店じまいしたあとだったので、改めて訪問した。

 衣類と雑貨の店がほとんどで宝石店もある。奥のほうの一角には食堂のエリアもあるが、生鮮食料品は扱っていない。


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 建物の中のほうの店。生鮮食料品がないためか、アジアの市場に特有の臭いがなく、床がぬれているということもない。でも刺激に欠けるのが難点だ。


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 マーケットを出て、鉄道の上を通る橋までやってきた。下には駅があって、中央駅の西となりの駅だ。

 ちょうど列車が停車していた。環状線の列車だろう。線路を歩いて乗り降りする人がたくさんいる。客車の多くは、隣の車両に行けないのだが、最後尾から見ると、そのこともわかる。


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   路線バスでシュエダゴンパゴダの前まで乗車。路線バスは系統番号がミャンマー数字で書いてあって、乗るにはハードルが高すぎるのだが、乗車地点からシュエダゴンパゴダまでは一直線なので、乗ってみた。

 ミニバスで何とか座ることができた。運賃は200チャット(約17円)。シュエダゴンパゴダまで1.5kmほどなのだが、渋滞があって20分くらいかかった。


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  シュエダゴン・パゴダの南門の向かいには、名前のよくわからないパゴダがあるのだが、その境内がにぎわっていた。移動式の遊園地になっていた。


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 仏塔に飾りをつけて、クリスマスツリーにしていた。仏教への信仰のあついミャンマーで、こういうことが許されているのが驚き。


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 このパゴダの塔だが、離れて眺めると、1階、2階、3階の屋根の下の黒い丸窓が人の目のように見えるのが面白い。


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   続いて、シュエダゴン・パゴダの南東にあるマハーウィザラ・パゴダへ。ちょっとした丘の上にあり、炎天下のため上がるのが大変だ。


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   このパゴダの中に入ってびっくり。礼拝堂の壁に樹木が描かれているのだ。森の中で礼拝しているような錯覚をおこす。


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 天井画は幻想的なものだ。外は暑いので、しばらく休憩。
posted by とんび at 08:44| Comment(4) | ミャンマー

2017年04月02日

間もなく帰国 & 帰国しました

JL408でフランクフルトから成田に向かっています。機内wifiを利用しています。まもなく帰国です。

ベルリン2日目は、東ドイツの秘密警察のシュタージの刑務所へ。見学ツアーの待ち時間と見学ツアーでかなり時間を要しましたが、印象深いところへ行けたと思います。そのあとは、シュタージの本部があったところがミュージアムになっていて、見にいきました。ここも見学に時間がかかり、この日はシュタージ関連2ヶ所に行っただけでした。時間切れで見られませんでしたが、しゅたーじの集めた個人資料の公開もしていました。東ドイツの消滅から27年ですが、シュタージの追求は今も続けられているのも驚きでした。疲れたこともあり、夕食はスーパーでいろいろ買って部屋でいただきました。こういうのもたまにはいいですね。

3日目は、ザクセンハウゼンの強制収容所に行きました。ナチス時代の強制収容所は、アウシュヴィッツをはじめとしていくつか訪問しているのですが、またいってきました。ここの特徴は、前身がナチス時代の最初の強制収容所だったこと、各地の強制収容所を統括する本部があったこと、第2次大戦後、ソ連が東ドイツを占領していた当時、ソ連による収容所があったことなどです。ここの見学にも時間を要しました。ベルリンに戻った後、壁があった当時に、西側との出入口であったフリードリヒシュトラッセ駅に残る、東から西に戻る人たちの検問所の建物へ行ってきました。中ではかつての検問所を再現しています。最後に東ドイツについてのミュージアムに行きました。たまたまですが、その近くにベルリンで最も古くからあるビアガーデンで夕食をとりました。

そして最終日は、西ベルリンにあった核シェルターを見学後、ホテルをチェックアウトし、空港に向かいました。フランクフルトへはルフトハンザを利用しました。そしてJALに乗り継いだわけです。


【帰国後の追加です】

成田に到着しました。伊丹への乗り継ぎ待ちをしているところです。3年ほど前は、成田での乗り継ぎの国内線の保安検査場で長く待たされるのが辛かったですが、今や、LCCが第3ターミナルにうつったことと、JAL便もある程度は羽田に移ったこととで、閑散とした保安検査場でした。このあと、伊丹へ向かい、帰宅します。

なるべく早く旅行記に取りかかりたいのですが、今、年末年始のヤンゴン旅行記を書いています。そのあと、2月の高雄旅行記、3月の台北旅行記を完成させてからベルリン旅行記に取りかかろうと思います。
posted by とんび at 07:08| Comment(8) | ドイツ

2017年03月30日

ベルリン滞在中

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ベルリンにやってきました。1日目はパリ経由で移動だけでした。パリからベルリンははじめてのエアベルリン。半LCCといってよいような会社ですね。テーゲル空港に着いたのが遅くて、SIMが買えませんでした。2日目も街中をあるているだけでは携帯ショップも見当たらなかったので、今回はSIMなしです。ショッピングセンターに入ったりしたら、店があったかもしれませんが、観光時間を削りたくないので、今回は買いません。

で、ネットが使えるのは、ホテルのwifiのみ。幸いホテルのネットはなかなか良いです。今回は予定をほとんど立てずにやってきたので、いくところを決めるために調べることが多くて助かっています。調べ物が多くて、昨日はここでの報告もできませんでした。

2日目からベルリン観光スタートでしたが、ベルリンに壁にかかわるようなところを回りました。写真はベルナウアー通りというところに残されている壁です。ここは今回はじめてやってきました。かなりの区間にわたって壁が残されているうえ、監視塔や見張りのためのライトなど見るものがおおく、近年、ミュージアムもできたので、このエリアだけで2時間くらい過ごしました。

そのあとも、壁のあとやミュージアムをみました。さらに前回来たときには、建物の地下だけが残されていたナチスの秘密警察ですが、ミュージアムができていて、ここも見て回るのに時間を要しました。8時半にホテルをでて、21時半に帰りました。この中には3食とも外食にした食事時間も入っていて、注文した料理が出てくるのに時間がかかったことも影響しています。

旅行前には、博物館島も行ってみたいと書いていましたが、ホテルのwifiを使って調べた結果、今回は20世紀に入って起こった出来事に関係深いところを中心にみて回ろうと気持ちが変わって来ました。きょうは東ドイツの秘密警察のミュージアムなどを回ろうと思います。

posted by とんび at 11:59| Comment(8) | ドイツ

2017年03月26日

22年ぶりにベルリン再訪

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つぎの旅行は久しぶりにヨーロッパで、ベルリンに行ってきます。ベルリンを含めてドイツ各地周遊の旅をしたのは1995年。ベルリンは2日半、各地をみてまわりました。写真は1995年当時に残っていたベリリンの壁。1995年段階で壁が残っていたのは、ここともう1ヶ所だけだったのですが、今回もこの2か所に行ってこようと思います。前回の訪問は、壁がなくなったのは1989年でしたから、まだ壁がなくなって6年目でした。今回は壁がなくなってから28年たっています。壁ができたのは1961年ですから、壁は1989年まで28年間あったことになります。28年あった壁がなくなってから28年ということで歴史の流れを感じます。

そのほか、22年前に訪問したところをなるべく全部、再訪問しようと思っています。加えて、前回の訪問から現在までの間に新たにできたスポットもたくさんあります。新しいところも回ろうと思っています。予定している観光時間は3日半なのですが、この日数で行けるか微妙です。郊外のポツダムも再訪したいのですが、どうなるかわかりません。


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22年前、Sバーン(郊外電車)では、このような電車がバンバン走っていました。旧東ドイツ製の電車でした。もはや、このような電車はないでしょうが、どのような電車にかわっているかも楽しみです。

博物館島でさまざまなミュージアムをめぐるのも楽しみです。ドイツへ行ったのは5年ほど前にも短期間行きましたが、そのときはエッセン、ドルトムントなど西部を回りました。そのときも、ビールやソーセージなどを味わいましたが、再び味わえるということも期待しています。

ヨーロッパの中で、行きたい都市は数多くあるのですが、なぜベルリンにしたのか。昨年秋ごろですが、今回の旅行をどうしようかと思い、JALのホームページをいろいろ見ていました。すると希望日程で、行きはパリ行、帰りはフランクフルト発にすれば、マイルでアップグレード可能なチケットが残っていたので、行先を考えず、チケットだけ購入しました。この時点では、ヨーロッパのどこかに行くことだけ決めました。そのあとで、ヨーロッパ内のどこに行くか、あれこれ考え、ベルリンにしたわけです。

ところで、上の日程表で、行きの伊丹発成田行はクラスJ、帰りの成田発伊丹行は普通席になっていますね。これまで、成田便を使うときは、伊丹からのアクセス便は、予約時にクラスJeクーポンを使ってクラスJにしてきました。しかし、3月末をもって、クラスJeクーポンは廃止されます。それで、帰りの便は、普通席でしか予約できなかったのです。成田に着いた後、カウンターでクラスJのアップグレードを申し込もうと思いますが、たぶん無理でしょう。Jl3005は小型機でクラスJもわずかなので。

あと、行きのJL3002が767になっていることも注目点ですね。従来、伊丹発成田行の朝便は国際線の777が使われてきて、クラスJは国際線のビジネスクラス席でしたが、国内線用の普通の飛行機になったようです。最初予約したときは777だったのですが、後日に機材変更がありました。3月末からのスケジュールで777の使われる路線が変更になったことの余波だと思います。これが一時的な変更なのか、それとも永続的に続くのかも気になります。
posted by とんび at 12:37| Comment(4) | ドイツ

2017年03月24日

ダヌビューでミャンマー料理

ヤンゴン旅行記3日目5回目


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 ヤンゴン中央駅に戻り、夕食をとりに、以前、11年前に行ったはずのミャンマー料理の店を再訪問することにした。

 ライトアップされたスーレー・パゴダを見るために、ちょっと遠回りした。


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 やってきた店は、ダヌビュー。適度にお客さんが入っている。

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 飲物はミャンマービール。

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 料理は指差しで選んだ。フィッシュカレー。何の魚かわからないが、骨ごとから揚げにしてあり、油ギトギトのカレーに浮かんでいる。


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 カリフラワー。あっさりした味付けで美味しい。


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 もやしと豆腐のたいたもの。薄い味付けでよかった。


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 チキンカレー。チキンが油に浸されている。


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 メンマ。味は濃いが、油はあまり使われていない。


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 無料で出される野菜の盛り合せ。生野菜が中心であるが、なすはゆでてある。


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 無料のスープ。青菜が多く入っていた。

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 全部の料理を並べてみると、皿の多さに圧倒される。油ギトギトのものをなるべく選ばなったので、美味しくいただけた。 これだけ食べても10000チャット少々。1000円ほど。

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 帰り道、ミャンマービールのプレミアムを見つけたので、買って帰り、部屋で飲んだ。
posted by とんび at 23:52| Comment(2) | ミャンマー

2017年03月23日

3回目の途中下車でパゴダめぐり

ヤンゴン旅行記3日目4回目

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  ミンガラドン駅の駅舎は、先ほど自分がホームに降りて、駅の構外に出た側とは反対側にあった。このとき14時40分。駅舎の写真を撮って、中に入ってみると、ホームに列車が停車中。


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 停車していた列車。駅舎に面したホームに止まっていた。JRで使われていたディーゼルカーだ。この列車は自分が向う側とは反対の方向に向かうのだろうと判断。

 やがてドアが閉まり発車するようだ。ところが、この列車、何と自分が向かう方向の列車だったのだ。大失敗。この列車に乗るべきだった。乗ることができたのに、見送ってしまい、しばし呆然。おそらく、乗りそびれたのが中央駅12時25分発の列車だろう。この駅には本来14時ごろにやってくるはずだ。しかし遅れていた。遅れは40分程度だ。先ほど乗車した列車は1時間遅れだったので、遅れが少し回復したようだ。


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 次の列車は、中央駅13時10分発だ。この駅を本来なら14時50分くらいに出るはずだが、40分遅れているとしたら、15時30分ごろに出るはずだ。それまで、休憩だ。


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 15時ごろに、自分の向うのとは反対方向に向かう列車がやってきた。

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  駅舎側のホームに到着した反対方向行きの列車を見ていたら、何と反対方向の列車がやってきた。今度は、自分が下車したホームの側に停車した。

 大急ぎで、ホームの先端まで行き、線路上を渡り、開いたままのドアから車両の中に入った。

 中央駅13時10分発の列車なのかな。計算上は、この駅を通るのは14時40分ごろのはずだ。とすれば、遅れは20分ほどまでに小さくなっているわけだ。


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 車内だけ見ると、日本で走っていたころと変化がない。典型的な日本の通勤型車両だ。

 すぐに、ミンガラドン空港の滑走路のそばを走行。空港の敷地は、線路よりも高くなっているので、滑走路は見えないのだが、雰囲気から考えて、空港の外であるのは間違いない。


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 かつてはJR久留里線で活躍していたディーゼルカーのようだ。


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 20分ほどの乗車で、3回目の途中下車をするタダレー駅に到着。15時30分。この駅からは3つのパゴダへ、徒歩とタクシーで向かうことにする。

 まずはナーガ洞窟パゴダへ。修行中の小坊主がたくさんいる。僧院を併設しているようだ。入口が洞窟の形をしているとのことだが、自分が入ったところは、洞窟の形でなかった。


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パゴダの中央にある仏像のならぶところ。


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 次にスゥェドミー・パゴダへ。まだ完成してから、年月がたっていないのだろうか。まっさらのような感じの本堂だ。


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 本堂の内部。金色の仏像がいくつか、太陽光線を浴びて輝いている。


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 続いて、メーラム・パゴダへタクシーで移動。2つのパゴダは、駅を中心に点対称のような位置にあり、歩くには遠いのでタクシーを利用した。メーラム・パゴダは下町のパゴダの雰囲気が漂っている。


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 お供えをケーブルカーのような仕組でパゴダの上部に積み込めるようになっている。


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 ケーブルカーのようなカゴを動かすためにロープを引く人々。


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   中央駅15時25分発の列車は、タダレー駅には本来なら17時25分ごろに列車が着くはずだが、20分遅れているとして17時45分ごろだと予想して、駅に戻った。すると、予想よりも早く17時30分くらいに列車がやってきた。正確な時刻がわからないが、5分か10分遅れにまで回復しているようだ。昼ごろには1時間くらい遅れていたことから比べると、ほとんど定刻に戻ったといってもよい。


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 車内の禁止事項。禁煙、ゴミ捨て禁止、そしてラブラブ禁止。


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 18時30分ごろ、中央駅に戻ってきた。10時間ほどかけて、途中下車を3回しながらのヤンゴン環状線の旅を終了。
posted by とんび at 23:56| Comment(0) | ミャンマー

2017年03月22日

2回目の途中下車でバスターミナルと日本人墓地へ

ヤンゴン旅行記3日目3回目


 
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 中央駅10時10分発の列車だろう。今度もディーゼル機関車がけん引する客車列車だった。本来ならば11時10分くらいにインセイン駅にやってくるはずだが、12時をすぎ12時10分近い。


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 車内ではのんびりした光景がみられる。


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 ジャンクションであるダニンゴン駅で、大勢の行商人らしき人たちが、大量の野菜とともに乗り込んできた。郊外で仕入れてきた野菜を載せるために、皆さん、窓から荷物を放り込んでいる。大きな袋に詰められた米もバンバン積み込まれる。

 座席に座りきれなくて、床に座っていた行商人の人たちも、一駅一駅停車するごとに少しづつ下車していく。ダニンゴン駅出発時には足の踏み場もなかったのだが、幸い、自分が下車する駅のあたりでは、出口まで歩けるようになっていた。


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 2回目の途中下車をするミンガラドン駅に到着。ホームでは物売りが客車を移動していた。あまりの混雑で、物売りも商売上がったりだ。

 実は、この駅の駅舎は列車の向う側にあったのだが、このときは気づかなかった。そのため、ホームが1つの無人駅だと思っていた。ホームの右手に外に出る通路があり、そちらに進んだので、駅舎はわからなかった。列車が出た後に、気づいてもよかったのだが。

 ミンガラドン駅からは、日本人墓地に向うのだが、途中、アウミンガラ・バスターミナルにも立ち寄り、昼食をとろうと思う。また、ヤンゴン国際空港は、別名がミンガラドン空港で、この駅の近くまで滑走路がのびている。


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   裏口から出たためか、静かな住宅街が続く。駅から2kmほど離れたバスターミナルまでタクシーを利用しようと思っていたのだが、タクシーがいそうにもない。


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 1kmほど歩いて大通りに出たのだが、バスターミナルまでの半分を歩いたので、もう歩いちゃえということで、駅から30分ほどかかってバスターミナルに到着。ヤンゴンから地方都市への長距離バスを利用する場合は、このバスターミナルまでやってこなければならず、かなり面倒な感じだ。


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 バスターミナルにある食堂の一つに入って昼食とする。すでに13時を回っていて、腹ペコ状態だ。


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   ミャンマー語のメニューしかなく、フライドヌードルと注文した。

 米の麺のやきそばがでてきた。麺は細麺と太麺が混じっている。そして、とても辛い。唐辛子味だ。

 日本人墓地へは、さらに1kmほど歩く。墓地に行く途中に、バスターミナルの到着専用のターミナルがあった。


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  日本人墓地の手前に別の墓地があり、間違えて、そちらの墓地に入ってしまった。おかげで15分ほどロス。

  さらに歩いて、日本人墓地の入口に到着した。


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 第2次大戦時の戦闘などで亡くなった日本軍兵士の墓がある。


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  墓地の奥に慰霊碑があった。


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 慰霊碑の碑文。昭和56年の建立なので、そこそこ新しいものだ。


 
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 「ビルマの竪琴」の主人公・水島上等兵のモデルとなった中村一雄氏の墓。
 日本人墓地付近でもタクシーは通らず、バスターミナル近くまで戻って、やっとタクシーを拾うことができ、ミンガラドン駅に向った。
posted by とんび at 21:50| Comment(0) | ミャンマー

2017年03月20日

1回目の途中下車で行った白象や大仏

ヤンゴン旅行記3日目2回目


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 環状線の列車の車内ではいろいろな売り子たちが行き来していた。ゆでたとうもろこしを売っている男性。2人がかりでかごを運んで売っていた。


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 新聞を売る子供。


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 何やらお菓子かな。頭の上の盆に商品を載せて移動する女性。


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 1時間ほど乗車してインセインに到着。他の多くの駅よりは少々大きめの駅だ。ここで1回目の途中下車をする。


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 跨線橋もある駅なのだが、ほとんどの下車客は、線路を渡って出口に向かっていった。


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 駅前にタクシーはなかったが、大通りに出るとすぐにタクシーはやってきた。

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 タクシーに2km、10分ほど乗車。1500チャット。

 やってきたのは、Royal White Elephant Garden。ここに3頭のホワイトエレファントがいるということで見学することにした。

 50mほど離れたところからの見学になるが、灰色ではないことはわかる。

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 真っ白だと思っていたのでちょっと意外だった。少しピンクがかった感じの色をしている。


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 ホワイトエレファントを見て、外に出ると、大通りの斜め向かいの位置にあるのが、ローカチャンタ・アーバヤ・ラヤブニ大仏の入口。


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 長い階段を上がる。最近できたようなきれいな階段だ。

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 階段を登りきって丘の上に出ると大仏の安置されているホールがある。

 大理石でできていて、マンダレーで作られて、船でヤンゴンに運ばれたという。新しい大仏はコンクリート製が多いが、この大仏は丁寧に作ってある。ただ、大仏がプラスチックの覆いに囲まれていて、よく見えにくく、写真も撮りにくいのが難点だ。


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 変わった像があるということでやってきたアーレイン・カーシンパゴダ。大仏からは1kmほど歩いた。

 ちょうどカレン族の新年の展示をしていたのでそちらにむかった。


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 カレン族の衣装や生活道具が並べられていて、カレン族の民族音楽が流されている。


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 天使のような仏像。変わった仏像が多いらしいのだが、これくらいしか気づかなかった。この寺では、あまり時間をかけかれなかった。インセイン駅までやってきた環状線の列車は8時20分発。これが40分遅れていた。となれば、次も40分遅れていると仮定すると、中央駅10時10分発が10時50分発。インセイン駅にやてくるのは、1時間後の11時50分。こう考えるともう時間がなかったのだ。


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 タクシーでインセイン駅に戻った。1km、5分ほど。1500チャット。11時50分だが、列車はまだ着いていないようだ。なぜならホームに人があふれていたから。

 ホームでは物売りが何人も商売をしていた。この女性はタナカをぬっている。11年前の訪問では女性は全員、タナカを塗っていたといえたのだが、今回は女性の半分ほどにタナカが減っていた。

 結局、1時間遅れで列車がやってきた。
posted by とんび at 22:07| Comment(0) | ミャンマー

2017年03月19日

モヒンガー食べて、ヤンゴン環状線の旅スタート

ヤンゴン旅行記3日目1回目


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 朝食は洋朝食にかえて、麺料理をいただくことができるので、3日目の朝食はミャンマーを代表する麺といえるモヒンガーを頼んである。

 モヒンガーだけが出てくるのかと思っていたのだが、洋朝食の卵料理とトーストにかえてモヒンガーで、洋朝食よりも量は多い。


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 モヒンガーはミャンマーを代表する麺料理だ。麺は米の細麺でそうめんのような感じだ。スープは、魚がベースになっているらしいが生臭くはなく、ココナッツの味もする。味付けはナンプラーが主体だが、唐辛子やしょうがそれにカレー系の香辛料も使っていて、濃厚なスープだ。パクチーの葉も浮かんでいる。

 具は煮卵、さつまあげ風のものや何だかよくわからないが天ぷらのようなものや、魚の身を煮たもの入っている。


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 朝食のあと、いったん部屋に戻って、すぐに出発。この日はヤンゴン環状線に乗車するので、前日もやってきたヤンゴン中央駅にやってきた。

 ヤンゴン中央駅の6、7番ホームが環状線の発着するホームだ。6番が左回り、7番が右回りの列車のホームになっている。ミャンマー数字だけでなくアラビア数字の表記もあって助かった。また、日本では環状線は内回り、外回りという言い方をするが、ミャンマーは列車は日本と同じく左側通行なので、日本式で言えば、右回りは外回り、左回りは内回りだ。


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 ホームの中ほどの切符売場で切符を購入。サーキュラーチケットで通じ、500チャット。約45円だ。このチケットで環状線を一周できるだけでなく、途中下車もできるので、3つの駅で途中下車して、その近くにある観光地をタクシーまたは徒歩で訪問する予定だ。


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 前日に駅員に尋ねて8時20分の列車があることまではわかっている。ガイドブックに記載されているのと同じ時刻だ。ガイドブックで検討したら、右回りで途中下車していくほうが動きやすいダイヤだったので、右回りで動く計画をたてていた。しかし、ガイドブックに記載されている時刻とはかわっているかもしれない。

 しかし、掲示されている時刻表はミャンマー数字で書かれているので、アラビア数字の時刻表はないか尋ねてみた。すると、切符売場の中に入るように言われ、アラビア数字の時刻表を見せてもらえた。ガイドブックとは少し違っていたが、右回りの方が便利なのは同じで、予定通り右回りで動くことにした。


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   環状線の路線図。これもホームにはミャンマー語の路線図しかなく、切符売場の中で見せてもらったものだ。

 3ヶ所、オレンジ色の枠で囲んでいる駅で途中下車する。途中下車しなければ、2時間半ほどで環状線を一周するようだ。一周が50kmほどの路線なので、恐ろしくスローな列車だ。


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 定刻の8時20分になっても列車はこない。20分遅れで列車が入線してきた。ディーゼル機関車がけん引する客車列車で10両ほどつながれている。

 てっきり中央駅始発だとばかり思っていたら、満員の状態で到着し、たくさんの乗客が下車し、そのあとで乗車。環状線のどこかの駅からやってきたのか、ほかの路線からの到着だろう。


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 さらに10分ほど停車し、中央駅の出発は30分ほど遅れてであった。ロングシートの席はほぼ埋まって、空席が少しある程度だった。

 予想はしていたが、ドアは開放したまま動いていた。超スローな列車とはいえ、満員で到着したのを見ると、かなり危ないと思った。


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 売り子が次々にやってくる。菓子類をはじめとうもろこし、フルーツ、飲物、新聞などを売り歩いている。意外だったのは、結構、買う人が多かったことだ。
posted by とんび at 23:27| Comment(4) | ミャンマー