2017年03月22日

2回目の途中下車でバスターミナルと日本人墓地へ

ヤンゴン旅行記3日目3回目


 
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 中央駅10時10分発の列車だろう。今度もディーゼル機関車がけん引する客車列車だった。本来ならば11時10分くらいにインセイン駅にやってくるはずだが、12時をすぎ12時10分近い。


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 車内ではのんびりした光景がみられる。


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 ジャンクションであるダニンゴン駅で、大勢の行商人らしき人たちが、大量の野菜とともに乗り込んできた。郊外で仕入れてきた野菜を載せるために、皆さん、窓から荷物を放り込んでいる。大きな袋に詰められた米もバンバン積み込まれる。

 座席に座りきれなくて、床に座っていた行商人の人たちも、一駅一駅停車するごとに少しづつ下車していく。ダニンゴン駅出発時には足の踏み場もなかったのだが、幸い、自分が下車する駅のあたりでは、出口まで歩けるようになっていた。


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 2回目の途中下車をするミンガラドン駅に到着。ホームでは物売りが客車を移動していた。あまりの混雑で、物売りも商売上がったりだ。

 実は、この駅の駅舎は列車の向う側にあったのだが、このときは気づかなかった。そのため、ホームが1つの無人駅だと思っていた。ホームの右手に外に出る通路があり、そちらに進んだので、駅舎はわからなかった。列車が出た後に、気づいてもよかったのだが。

 ミンガラドン駅からは、日本人墓地に向うのだが、途中、アウミンガラ・バスターミナルにも立ち寄り、昼食をとろうと思う。また、ヤンゴン国際空港は、別名がミンガラドン空港で、この駅の近くまで滑走路がのびている。


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   裏口から出たためか、静かな住宅街が続く。駅から2kmほど離れたバスターミナルまでタクシーを利用しようと思っていたのだが、タクシーがいそうにもない。


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 1kmほど歩いて大通りに出たのだが、バスターミナルまでの半分を歩いたので、もう歩いちゃえということで、駅から30分ほどかかってバスターミナルに到着。ヤンゴンから地方都市への長距離バスを利用する場合は、このバスターミナルまでやってこなければならず、かなり面倒な感じだ。


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 バスターミナルにある食堂の一つに入って昼食とする。すでに13時を回っていて、腹ペコ状態だ。


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   ミャンマー語のメニューしかなく、フライドヌードルと注文した。

 米の麺のやきそばがでてきた。麺は細麺と太麺が混じっている。そして、とても辛い。唐辛子味だ。

 日本人墓地へは、さらに1kmほど歩く。墓地に行く途中に、バスターミナルの到着専用のターミナルがあった。


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  日本人墓地の手前に別の墓地があり、間違えて、そちらの墓地に入ってしまった。おかげで15分ほどロス。

  さらに歩いて、日本人墓地の入口に到着した。


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 第2次大戦時の戦闘などで亡くなった日本軍兵士の墓がある。


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  墓地の奥に慰霊碑があった。


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 慰霊碑の碑文。昭和56年の建立なので、そこそこ新しいものだ。


 
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 「ビルマの竪琴」の主人公・水島上等兵のモデルとなった中村一雄氏の墓。
 日本人墓地付近でもタクシーは通らず、バスターミナル近くまで戻って、やっとタクシーを拾うことができ、ミンガラドン駅に向った。
posted by とんび at 21:50| Comment(0) | ミャンマー

2017年03月20日

1回目の途中下車で行った白象や大仏

ヤンゴン旅行記3日目2回目


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 環状線の列車の車内ではいろいろな売り子たちが行き来していた。ゆでたとうもろこしを売っている男性。2人がかりでかごを運んで売っていた。


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 新聞を売る子供。


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 何やらお菓子かな。頭の上の盆に商品を載せて移動する女性。


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 1時間ほど乗車してインセインに到着。他の多くの駅よりは少々大きめの駅だ。ここで1回目の途中下車をする。


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 跨線橋もある駅なのだが、ほとんどの下車客は、線路を渡って出口に向かっていった。


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 駅前にタクシーはなかったが、大通りに出るとすぐにタクシーはやってきた。

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 タクシーに2km、10分ほど乗車。1500チャット。

 やってきたのは、Royal White Elephant Garden。ここに3頭のホワイトエレファントがいるということで見学することにした。

 50mほど離れたところからの見学になるが、灰色ではないことはわかる。

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 真っ白だと思っていたのでちょっと意外だった。少しピンクがかった感じの色をしている。


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 ホワイトエレファントを見て、外に出ると、大通りの斜め向かいの位置にあるのが、ローカチャンタ・アーバヤ・ラヤブニ大仏の入口。


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 長い階段を上がる。最近できたようなきれいな階段だ。

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 階段を登りきって丘の上に出ると大仏の安置されているホールがある。

 大理石でできていて、マンダレーで作られて、船でヤンゴンに運ばれたという。新しい大仏はコンクリート製が多いが、この大仏は丁寧に作ってある。ただ、大仏がプラスチックの覆いに囲まれていて、よく見えにくく、写真も撮りにくいのが難点だ。


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 変わった像があるということでやってきたアーレイン・カーシンパゴダ。大仏からは1kmほど歩いた。

 ちょうどカレン族の新年の展示をしていたのでそちらにむかった。


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 カレン族の衣装や生活道具が並べられていて、カレン族の民族音楽が流されている。


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 天使のような仏像。変わった仏像が多いらしいのだが、これくらいしか気づかなかった。この寺では、あまり時間をかけかれなかった。インセイン駅までやってきた環状線の列車は8時20分発。これが40分遅れていた。となれば、次も40分遅れていると仮定すると、中央駅10時10分発が10時50分発。インセイン駅にやてくるのは、1時間後の11時50分。こう考えるともう時間がなかったのだ。


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 タクシーでインセイン駅に戻った。1km、5分ほど。1500チャット。11時50分だが、列車はまだ着いていないようだ。なぜならホームに人があふれていたから。

 ホームでは物売りが何人も商売をしていた。この女性はタナカをぬっている。11年前の訪問では女性は全員、タナカを塗っていたといえたのだが、今回は女性の半分ほどにタナカが減っていた。

 結局、1時間遅れで列車がやってきた。
posted by とんび at 22:07| Comment(0) | ミャンマー

2017年03月19日

モヒンガー食べて、ヤンゴン環状線の旅スタート

ヤンゴン旅行記3日目1回目


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 朝食は洋朝食にかえて、麺料理をいただくことができるので、3日目の朝食はミャンマーを代表する麺といえるモヒンガーを頼んである。

 モヒンガーだけが出てくるのかと思っていたのだが、洋朝食の卵料理とトーストにかえてモヒンガーで、洋朝食よりも量は多い。


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 モヒンガーはミャンマーを代表する麺料理だ。麺は米の細麺でそうめんのような感じだ。スープは、魚がベースになっているらしいが生臭くはなく、ココナッツの味もする。味付けはナンプラーが主体だが、唐辛子やしょうがそれにカレー系の香辛料も使っていて、濃厚なスープだ。パクチーの葉も浮かんでいる。

 具は煮卵、さつまあげ風のものや何だかよくわからないが天ぷらのようなものや、魚の身を煮たもの入っている。


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 朝食のあと、いったん部屋に戻って、すぐに出発。この日はヤンゴン環状線に乗車するので、前日もやってきたヤンゴン中央駅にやってきた。

 ヤンゴン中央駅の6、7番ホームが環状線の発着するホームだ。6番が左回り、7番が右回りの列車のホームになっている。ミャンマー数字だけでなくアラビア数字の表記もあって助かった。また、日本では環状線は内回り、外回りという言い方をするが、ミャンマーは列車は日本と同じく左側通行なので、日本式で言えば、右回りは外回り、左回りは内回りだ。


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 ホームの中ほどの切符売場で切符を購入。サーキュラーチケットで通じ、500チャット。約45円だ。このチケットで環状線を一周できるだけでなく、途中下車もできるので、3つの駅で途中下車して、その近くにある観光地をタクシーまたは徒歩で訪問する予定だ。


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 前日に駅員に尋ねて8時20分の列車があることまではわかっている。ガイドブックに記載されているのと同じ時刻だ。ガイドブックで検討したら、右回りで途中下車していくほうが動きやすいダイヤだったので、右回りで動く計画をたてていた。しかし、ガイドブックに記載されている時刻とはかわっているかもしれない。

 しかし、掲示されている時刻表はミャンマー数字で書かれているので、アラビア数字の時刻表はないか尋ねてみた。すると、切符売場の中に入るように言われ、アラビア数字の時刻表を見せてもらえた。ガイドブックとは少し違っていたが、右回りの方が便利なのは同じで、予定通り右回りで動くことにした。


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   環状線の路線図。これもホームにはミャンマー語の路線図しかなく、切符売場の中で見せてもらったものだ。

 3ヶ所、オレンジ色の枠で囲んでいる駅で途中下車する。途中下車しなければ、2時間半ほどで環状線を一周するようだ。一周が50kmほどの路線なので、恐ろしくスローな列車だ。


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 定刻の8時20分になっても列車はこない。20分遅れで列車が入線してきた。ディーゼル機関車がけん引する客車列車で10両ほどつながれている。

 てっきり中央駅始発だとばかり思っていたら、満員の状態で到着し、たくさんの乗客が下車し、そのあとで乗車。環状線のどこかの駅からやってきたのか、ほかの路線からの到着だろう。


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 さらに10分ほど停車し、中央駅の出発は30分ほど遅れてであった。ロングシートの席はほぼ埋まって、空席が少しある程度だった。

 予想はしていたが、ドアは開放したまま動いていた。超スローな列車とはいえ、満員で到着したのを見ると、かなり危ないと思った。


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 売り子が次々にやってくる。菓子類をはじめとうもろこし、フルーツ、飲物、新聞などを売り歩いている。意外だったのは、結構、買う人が多かったことだ。
posted by とんび at 23:27| Comment(4) | ミャンマー

2017年03月18日

YKKOでチェッオー

ミャンマー旅行記2日目5回目

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 タクシーでダウンタウンのYKKOに直行。店はほかにもあるようだ。Kyay-Ohの文字が見えるがチェッオーと読む。麺料理のチェッオーが中心の店のようで、ミャンマーにしては明るくきれいな店だ。


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 ビールとだけ言ったらミャンマービール大瓶がでてくるのは他店と同じだ。


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 注文したのはシーフードチェッオー。あっさりとした薄塩味のスープ。シーフードのほかに、チキン、ポークなどがあり、一番値段が高かったシーフードにした。麺はビーフンだが、細麺、太麺、混合麺の中から選べたので混合麺にした。スープ麺とドライ麺かも選べたので、ドライ麺にした。麺の上に具がたくさんのっていて、麺はみえない。


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 太麺と細麺が混じっているとこんな感じ。太麺は超太麺だった。


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 ドライ麺にはスープが別についてきた。麺とビールで10000チャットで少しおつりがあった。800円くらいか。値段的には昼食のミャンマー料理店と同じくらいだったが、今回は麺だけだったので、少し高めの店なのかもしれない。


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 外気温29度で、夜8時とは思えない。夜でも汗がでててくる。宿に戻ってシャワーを浴びて1日を終えた。
posted by とんび at 15:37| Comment(0) | ミャンマー

2017年03月16日

午後はブラブラ歩き続ける

ヤンゴン旅行記2日目4回目


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 ウ・タントの家へと向った。迷いながらも、昼食のあと1時間ほど歩き続けて到着した。


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 ところが、閉まっているようだ。この日は木曜日だ。開いている日は多くなく、金から日の10時から5時。翌々日、もう一度やってこよう。


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 閉まってはいたが、建物の外側を見ることはできた。ウ・タントは、1962年から71年まで国連事務総長をつとめた。74年に米国で死去したが、軍事政権では評価されてこなかった。この家も近年になって整備されてまだ間もない。


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 ウ・タントの家から、アウンサン・スー・チーの家へと向かう。再び、1時間くらい歩いて到着した。1989年から2010年までのうちの15年間、この壁の中の邸宅に軟禁されてきた。前回の訪問の2005年のときは、この前の道路は封鎖されていて、この門に近づくこともできなかった。

 大きな家の周囲は高い外壁で囲まれていて、内部の様子はまったくわからない。玄関の扉も、中が見えない扉になっている。民主化後、ここは観光地化してきているが、単に門を見るくらいしかできることはない。


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 インヤー湖。ヤンゴンで一番大きい池。景色がよい。この周辺がヤンゴンでも最も高級な住宅地区だ。アウンサン・スー・チーの家もこの湖の南岸に面している。

 ここで、湖岸に腰かけて、しばらく休憩した。ゴミゴミ感もあるヤンゴンの中ではオアシスのようなところだ。


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 インヤー湖からは、南へ歩くこと1時間ほど。チャウッターヂー・パゴダへ。大きな寝仏で有名なパゴダだ。
 入口でサンダルを脱ぎ、ちょっと長い通路を歩いた。


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 キラキラとした寝仏。全身を撮影することは難しい。


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 寝仏のある建物のすぐ前は駐車場になっていて、車の場合は簡単にアクセスできる。ここから外に出て、入口へと向かった。タクシーを拾う。市内中心部のレストランまで2500チャット。220円ほどだ。
posted by とんび at 23:02| Comment(0) | ミャンマー

2017年03月09日

アウン・トゥカでミャンマー料理

ヤンゴン旅行記2日目3回目


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 シュエダゴンパゴダは南側の出入口から外に出た。そのあと、シュエダゴンパゴダの東側の麓に沿って歩いた。シュエダゴンパゴダには4つの出入口があるが、東側の出入口を利用するとエレベーターが使えることも判明した。

 さらに歩くと北側の出入口がある。さらに歩くと、シュエダゴンパゴダの北側には、アウンサン廟がある。11年前は閉鎖されていたのだが、近年、開放されているということで玄関まで行ったのだが、週末だけの開放のようで、門は閉じられていた。翌々日にもう一度行ってみよう。

  柵の外から内部を見ると、きれいに整備されているようだ。この日は入場をあきらめ、先を急ぐことにした。


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  昼食は「アウン・トゥカ」へ。アウンサン廟からさらに10分ほど歩いたところだ。典型的なミャンマー料理の食堂である。


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 本来の店の中が満席で、建物の外側に仮設の屋根をつけたような場所の席に着席。横はすぐに道路があり、風通しがよい。


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 注文はいったん席をたって、調理場の前のショーウィンドウまで行って、食べたい料理を指差しして選んだ。


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 選んだ料理が全部運ばれてきて、皿が並べられるくるとかなり壮観になる。

 ミャンマー料理というと脂の多い、濃厚な味付けのものが多い印象がある。なるべくそういったものを避けて注文を行った。


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 竹の子を細く刻んだものを茹でて、薄く味つけしたもの。


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 牛肉のカレー。選んだ中ではこれだけが脂ギトギト系だった。


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   かぼちゃを煮たもの。日本の惣菜でかぼちゃを煮たものがあるが、ほとんど同じような味付けだ。日本を思い出させるような料理だった。


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 これは注文したものではなく、テーブルごとにセットされる付け合わせ。緑のものは、「ラペッ」といい、茶の葉を煮たもの。それに、ピーナッツ。


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 スープもご飯と一緒で、注文しなくても出される。青菜がいっぱい入ったあっさり味のスープだ。


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 これも注文しなくても出される野菜の盛り合せ。生のものと茹でたものが混じっている。


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 ビールも注文。ミャンマービールの大瓶の一択だ。これだけ食べて、10000チャット(訪問時には約900円)で少しおつりがくる。
posted by とんび at 22:58| Comment(2) | ミャンマー

2017年03月08日

ムガル帝国最後の皇帝の墓とシュエダゴンパゴダ

ヤンゴン旅行記2日目2回目

※前回のミャンマー訪問は10年前ではなく、11年前の2005年末から2006年初で11年前でした。すでにアップロードした分については変更しません。

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 ヤンゴン中央駅からタクシーで向かったのは、ムガル帝国最後の皇帝であるバハドゥール・シャー・ザファルの墓。距離は2kmほどで歩けなくもなかったが、暑いのでタクシーにした。1500チャット(約135円)で、10分ほどで到着。


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 ちょうどイスラム教徒らしい女性が何人か中からでてきた。モスクのような建物だ。


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 内部もモスクを想起させる。中央にある白い部分からは地下をのぞくようになっている。


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 地下の部分にあるのが、バハドゥール・シャー・ザファルの墓。

 16世紀、ムガル帝国は、インドへ西方から侵攻したバーブルによって建国されたイスラム国家。17世紀のアウランゼーブ帝時代が最盛期でインド全域を支配した。その父シャー・ジャハンがタージマハルを建設した。しかし、その後はし衰退に向った。18世紀にはイギリスの侵攻で、権力をイギリスに奪われ、名目的な国家になっていった。1875年に反英反乱であるインド大反乱が起こり、ムガル皇帝バハドゥール・シャー・ザファルを頭にたてた。しかし翌年鎮圧されると、皇帝も捕えられたあとミャンマーに送られ、ムガル帝国も滅亡した。最後のムガル皇帝の墓がヤンゴンにあるのは、こういった歴史的事情があるからだ。


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   ほかの部屋も見て歩いたが、子などの墓が置かれた部屋のほか、現役のモスクとして使われている部屋もあった。現役のモスクは観光用のものなどをのぞくと入場できないことが多いので、入れたのはよかった。


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 続いて、シュエダゴンパゴダに1km歩いて向った。緩い坂道になっていて、暑い中歩くのはなかなかつらい。

 シュエは「金」。ダゴンはヤンゴンの古名だ。パゴダは「仏塔」の意味で、「寺」ではない。「寺」の中に「パゴダ」があるわけだが、ミャンマーの場合は、慣例的に寺のことを「〇〇〇パゴダ」ということが多いようだ。なお、ガイドブックでは「パゴダ」のことを「パヤー」と書いてあることもあるが、「パゴダ」と同じ意味で、現地発音に近い書き方にしてあるのだろう。

 入口は東西南北に4ヶ所あるが、南側の入口に到着。11年ぶりの訪問だ。シュエダゴンパゴダは、ヤンゴン最大の寺で、地元民にとっては信仰の中心、観光客にとっては最大の観光地といえる。11年前は夕暮れ時にやってきたのだが、今回は真昼の訪問。


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 入場するとすぐに受付のようなところがあり、履物を預けるように求められた。500チャット。しかし入場料は何も言われなかった。10年前はここで入場料を払ったのだが、入場料は不要になったのだろうか。

 そのあと、長い参道を歩く。とても長く、300mくらいあるが、屋根つきなので、暑くなくてよい。両側には、お供えなどを販売する店が続き、退屈せずに歩ける。エレベータもあるとのことだが、あとで東側を歩いてわかったのだが、エレベータは東側の入口に設置されているのだった。


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 パゴダが林立する丘の上に到着。中央に巨大なパゴダがそびえたっている。高さ40m、周囲400mくらいある。表面の金色は、金箔ではなく、金の板でつくられている。その周囲には無数の大小さまざまなパゴダがたっている。


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 中央のケースに収められた仏像を拝む人々。写真右上のモニターには、その仏像が映しだされているのだろうか。何か言われのある仏像だろうが、詳細は不明。


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 木陰に置かれた仏像もあり、休憩所のようになっていた。


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 水飲み場。飲料水のタンクも置かれていて、自由に飲むことができる。


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 やさしい顔つきの寝仏。安置された間は床張りで、ここも休憩所のようだ。

 境内は裸足なので、地面が熱せられていて、慣れないとつらい。ところどころで水がまかれているが、それはそれで滑りやすい。トイレも裸足で入らねばならないのもつらかった。


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 曜日ごとの仏像に水をかける人々。曜日は、水曜日が午前と午後にわかれていて、八曜日と呼ばれている。中心にある黄金のパゴダの回りの8つの方角に仏像が置かれ、 仏像の下には、その曜日の動物の像もある。


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 境内の一角に、インドじゃないのかと思うようなパゴダもあった。


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 釣鐘。確か以前は鐘をついたような記憶があるのだが、今は突き棒がはずされ、鐘のまわりには立ちれないように柵が設けられていた。 


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 ふくろう型の飲料水の甕。


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 兄のパゴダ。メインのパゴダを小さくしたような黄金のパゴダ。境内の北東の隅に建っている。

 シュエダゴンパゴダでは2時間くらい滞在して、あちこち見て廻った。前回は夕暮れ時で見えにくかったところも見て廻れた。
posted by とんび at 20:06| Comment(2) | ミャンマー

2017年03月05日

ヤンゴン中央駅

ヤンゴン旅行記2日目1回目

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 10年前に泊まったとき、朝食が美味しく、サービスもよかったことをよく覚えていた。今回も期待してレストランに向った。4泊するので、2回目と3回目の朝食はミャンマースタイルの麺を頼んである。1回目と4回目は普通の洋食だ。

 卵料理は選択制でスクランブルエッグを注文。運ばれてきたのを見て、ボリュームの多さにびっくり。2人分ずつ盛ってあるのを、1人客の場合も供しているのかもしれない。卵だけはちょっと量が少なめだし。



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 「ビューティーランド2」の前の路地。大通りに面したところは建築ラッシュで、写真左上には建築中の、右上にはすでに出来上がったビルが写っている。大通り沿いではいたるところで建築工事をおこなっていて、ミャンマーの最大の産業は建築業じゃないかと思えるくらいだ。いまは大通り沿いで工事がさかんだが、いずれはここのような路地でも始まるのだろうな。


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 お坊さんの列が通り過ぎた。托鉢かと思ったが、お坊さんは食べ物を入れる器じゃなく、太鼓を持ち、鳴らしながら歩いている。


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 大通りにある気温表示を見ると34℃。滞在中、日中は毎日34℃程度。夜は29℃程度の日が続いた。暑いことは暑いが40度近い猛暑ではなかったので、何とか徒歩主体の街歩きができそうだ。


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 まずは、ヤンゴン中央駅の指定券売場へ。ヤンゴン中央駅のホームの端くらいの位置にあるが、駅の構内を通っての移動はできず、駅から300mほど離れたところにある。

 閑散としていているが、少しだけ客が切符を買っている。表示はほとんどすべてミャンマー文字だけなので、外国人観光客が指定券を買うのは難しそうだ。例外的に、日に2、3本ある急行だけ、駅名が英語、時刻がアラビア数字のもの案内があったくらいだ。


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 時刻表。時刻、列車種別、行先が書いてあるのだろうか。ミャンマー文字だけで、時刻もミャンマー数字なのでまったくお手上げだ。


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 翌日はヤンゴン環状線に乗るので、駅構内に入り、ホームや切符売場を確かめておいた。出発時刻はミャンマー数字での表示なので、尋ねておいた。ホームには環状線の列車が止まっていて、もとJRの車体だった。


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 方向幕は「松阪―鳥羽」のままになっていて、かつてJR東海で「快速みえ」に使われていた車両だと判明。


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   いったん駅の構外に出て、公道を通って、中央駅の駅舎へ。とても広いロビーがあるが、人はわずかだ。中央が切符売場。


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 体重測り屋。以前は途上国でよく見かけたが、久しぶりに見た。


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 改札口。駅員は座って改札し、机が置かれている。左手に2人座っているのは警官だろうか。上部の看板にはミャンマーと日本の国旗が描かれている。日本の援助で、通信インフラの整備が行われたということだろうか。


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 駅舎を出て、広場を突き抜けて、大通りの反対側まで行ってようやく駅舎の全体がカメラに入る。利用者数や長距離列車の本数の割に巨大な規模の駅舎だと言える。

 10年前には中央駅の駅舎も軍事施設扱いで撮影禁止だったので、この駅には行かなかった。こういった点でも自由になったものだ。
posted by とんび at 10:23| Comment(4) | ミャンマー

2017年03月04日

アウンミンガラー・シャンヌードルで夕食

ヤンゴン旅行記1日目5回目

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 部屋で少し休んでから出かけようと思っていたら、寝込んでしまった。気づくと19時。まだ明るいが、初日も少し街歩きしようという計画は失敗。

 夕食のために外出。向う先はアウン・ミンガラー・シャンヌードルという店。ボージョー・アウンサン・マーケットから北へ国鉄の線路を越えて少し歩いたとおろのようだ。


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 ボージョー・アウンサン・マーケットはすでに店じまいされ、ひっそりしていて、気味悪いくらいだ。


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 国鉄の線路を越える橋の上にも店ががでていた。ここまで歩いて10年前との違いに気づいた。ミャンマーといえばロンジー。男性の多くはロンジーをはいているのだが、10年前は9割以上がロンジーだったのだが、今回はロンジーが3分の2くらいだ。ズボン姿の男性がかなり目立つようになっていた。


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   目指す店に到着。アウン・ミンガラー・シャンヌードル。シャン料理の店だ。店は交差点の角にあって、西側と北側が道路に面している。


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 ビール大瓶を注文。銘柄はミャンマービールのみ。


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 トーフジョーを注文したら、別のものがやってきた。違うとわかれば、すぐに取り換えてもらったのだが、トーフジョーがどんな料理かわからなかったので、言い出せなかった。あとで、調べたら、揚げ豆腐みたいなものなので、全然違う。これは米の麺をタレをつけて、混ぜたものだった。

  トーフヌエという料理があるのだが、ひょっとしたらトーフヌエかもしれない。ただ、ネットで見られる写真では、もっと具とスープが多いし、豆腐とのかかわりがよくわからないし、不明。


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   この店での一番人気は焼餃子ということで、焼餃子を注文。羽根つきということだが、裏返しにしてくれていたら、見事な羽根が見られたかもしれない。全部で20個あり、大きさに大小の違いがあって手作り感がある。

 しょうがの入ったたれをつけていただく。日本で食べる餃子と比べると、脂っぽくないし、水分も少ない。


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 最後に、サンスィー。もち米でつくった麺。スープありとスープなしがあり、スープなしにした。あっさりした麺で、油ギトギト系のカレーなどの多いミャンマー料理とはちょっと違ったシャン料理だ。

 メニューには値段が書いておらず、個々の値段は不明だが全部で12000チャットで、旅行時のレートでは1000円少しという感じ。


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  店の北側にはフルーツの屋台が出ていた。部屋に冷蔵庫がないので、冷やさないと美味しくなさそうな果物は避けて、みかんのような果物を買った。


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 宿に帰る途中、ビールとポテトチップらしきつまみを買った。ダゴンビールがあり、ミャンマービールより安かった。800チャットだから70円。ダゴンとはヤンゴンの古い名前らしい。


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 部屋でみかんも食べてみた。みかんは2000チャット、180円ほどで20個ほどあったので、毎日少しずつ食べていった。

 日本のみかんに比べると、甘くないのが特徴。酸味と渋味が強く、日本のみかんとは外見は同じだが、味は違う。
posted by とんび at 17:06| Comment(0) | ミャンマー

2017年02月28日

10年前に泊った宿でまた泊まる

ヤンゴン旅行記1日目4回目


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 泊まったのは、10年前にも泊まった「ビューティーランドホテル2」。ホテルと名乗っているが、実質はゲストハウスだ。10年前の印象が良く、どう変わっているか気にもなったので、今回もここに4泊する。

 ヤンゴンのダウンタウンでは、細い道路が一方通行になっていているのだが、ここもそうした路地に面しているので、大通りでタクシーを降ろされ、100mほど歩いた。

 ヤンゴンのほぼど真ん中にあり、とても便利な立地だ。看板の奥に写っている高層ビルがサクラタワー。日系企業のオフィスなどが多く入居している。


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 真ん中と左側の建物がホテル。泊まった部屋は、この路地とは反対の側。


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 玄関の様子は10年前のままだ。手動の扉を開けて、中に入るとすぐにフロントがある。チェックインの手続きを行ったが、10年前と同じくホスピタリティーにあふれた感じは変わっていない。従業員は変われども、雰囲気は受け継がれているようだ。日本語がわかる従業員もいて、便利だし、心がなごむ。

 パスポートは少しの時間預かるそうだ。あとで外出する際に返してもらうことにする。朝食はミャンマースタイルの麺2種類も選べるとのことだが予約制ということで、2泊目と3泊目の朝食は麺類を予約しておいた。10年前は車のチャーターも頼んだのだが、今回はタクシーがあふれているので、流しのタクシーを使う。


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 10年前に泊まった部屋とは違うが、雰囲気はそのままだ。以前のことを思い出すことができた。

 毎日の部屋の整頓はしっかりやってくれ、シーツをかえたり、ミネラルウォーターを補給したりするのはきちんとできていた。シャワーの湯も問題なかった。

 設備的には、古くなりすぎている感じはぬぐえなかった。電源は配電盤のようなスイッチを上げ下げして入れたり、切ったりするのだが、そのときに、パッチンと大きな音が鳴る。この音に最初はびっくりしてしまった。

 クーラーはスイッチを入れてから3分くらいしないと作動しない。そのためなのか扇風機も置いてあった。扇風機は、その左側にあるハンガーかけに洗濯物をかけて乾かすのにも役立った。

 難点は、冷蔵庫がなかったのと、WIFIが遅すぎたことだった。暑い国で冷蔵庫がないとがっかりする。WIFIは特に多くの客が利用する夜や朝に使い物にならなかったのが残念だった。あと、4階に泊まったのだが、エレベーターがなかったのも残念だった。WIFI、冷蔵庫、エレベーターのことを除くと値段の割にしっかりしていて、親切な感じで、自分の評価は高い。ただ、WIFIはいただけない。SIMを購入していたので、何とかなったが、次回ヤンゴンに泊まるときには別のホテルを使おうと思う。
posted by とんび at 20:00| Comment(2) | ミャンマー