2017年08月31日

ザクセンハウゼン強制収容所

ベルリン旅行記4日目2回目


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   ザクセンハウゼン強制収容所跡に到着。

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 まずはインフォメーションで収容所内の地図を購入。


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 正門まで500mくらい歩いた。アウシュヴィッツでも見たような門が姿を現した。

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 アウシュヴィッツはじめ訪問したほかの収容所と同じく、門にはARBEIT MACHT FREI(働けば自由になる)の文字がある。


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 壁の内側には高圧電流を流した鉄条網が張られている。


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 囚人が収容された建物は2つを除いて、なくなっている。現存する建物塗りなおされたりして。ここに入ってみる。


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 浴室。真中の丸いところに水が出て、それを使うようだ。


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 トイレ。


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 囚人の収容された建物があった位置がブロックで示されている。


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 囚人のうち、反抗したりした人が監禁された建物。収容所内の刑務所のようなものだ。


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 その内部。両側に監房が並ぶ。


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 監房内のようす。

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  収容所の中央付近にある慰霊碑。


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 洗濯室。

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 調理室。


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 調理室の地下。じゃがいもを洗うための水槽。


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 地下の調理室の壁に描かれていた絵。この絵だけ見れば、ここが強制収容所だとはわからない。


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 巨大なモニュメント。

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 モニュメントの下部にある銅像。社会主義時代に作られたような感じのする銅像だ。


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  壁の外側にあった塹壕。ここで処刑がおこなわれた。左上部分の暗い部分だ。絞首刑のときに縄をつるした金具の跡などがみてとれた。

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 火葬場。施設を保存するために屋根がとりつけられていた。


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 監視塔。


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 第2次大戦後、ここの収容所は、そのままソ連に反抗的な人々などを収容する施設になった。壁の外側には、ソ連時代に新たに作られた、囚人を収容する建物が作られた。


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 ソ連時代に作られた囚人棟の内部。


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 ソ連時代の収容所についての博物館。


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 解剖などを行った建物。


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 解剖台。


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 解剖などのための死体などが置かれた地下室。


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 医療棟。


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 医療関係の展示がいろいろとあった。


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 サクセンハウゼンにもガス室はあった。しかし1952年に破壊されたという。東独時代になぜ破壊されたのだろうか。破壊前のガス室のあった建物の写真があった。この建物の中にあったようだ。

 広い敷地内を歩き、4時間くらいかけて回り、見学を終えた。
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2017年08月30日

フリードリヒシュトラッセで朝食とってザクセンハウゼンへ

ベルリン旅行記4日目1回目


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  ツォー駅からSバーンでフリードリヒシュトラッセへ。壁があった時代、西側から東側を訪問するときは、SバーンでもUバーンでもフリードリヒシュトラッセにまずやってきて、入国手続をする必要があった。東側の玄関口にあたる駅であった。

 この駅には、入国手続きの行われた施設が現存しているので、この日、ザクセンハウゼンから帰ってきたあとに行ってみよう。


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 壁があったときからの駅舎だろう。壁があったときというより、ナチス時代からの駅舎かもしれない。古そうな駅舎だが、よく見ると、上部には透明なドームが作られていて、ホームを覆ってることがわかる。


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 入国管理施設のあった建物。早朝のため、まだ開いていなかったが、夕方にでも入ってみることにしよう。


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   この駅の付近で朝食をとっていこうと、少しウロウロしてみた。高架上のホームのドームがよくわかる写真がこれだが、この写真で駅舎の入口付近に BACK WERKがあった。別の店に入りたい思いもあったが、結局BACK WERKで朝食をとった。


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 BACK WERKの店内。コーヒーのコーナー。ここでセルフでコーヒーを入れ、パンとともにレジに持っていく仕組みだ。


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 この日の朝食の調理パンとコーヒー。なんだか、毎日似たような朝食になってしまった。

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 朝食のあと、フリードリッヒシュトラッセ駅の地下ホームからバーンに乗車。このホームはかつて、壁があった当時はUバーンのホームで、Uバーンで西側から東ベルリンを訪問するときに利用されていた。統一後は路線がSバーンに変わった。S1の終点のオラニエンブルクまで乗車する。


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 50分ほどの乗車でオラニエンブルクに到着。行き止まり駅になっている。別ホームに中距離電車が停車することがわかり、帰りは主要駅停車の中距離電車に乗ろう。


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 オラニエンブルクの駅舎。この前のバス停からザクセンハウゼン強制収容所に向うバスもあるにはあったが、本数が少なく、行った時間帯にはなかった。30分ほど歩いて行くことにした。


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 行き方はわかりやすく、迷わずにザクセンハウゼンに行くことができた。

 ナチス時代の強制収容所跡はいくつか訪問済みだ。すでに訪問したところを列挙すると、1995年の最初のドイツ旅行で、ミュンヘン郊外のダッハウ、ワイマール郊外のブーヘンヴァルト、1998年の中欧旅行でプラハ郊外のテレジン、2000年のポーランド旅行で、最も悪名高いアウシュヴィッツ、ルブリン郊外のマイナデクを訪問している。それ以来なので、17年ぶりで、6か所目の訪問になる。
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2017年08月29日

スーパーで食べ物を買って部屋食

ベルリン旅行記3日目4回目


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 シュタージ本部を見たあと、Uバーンでアレクサンダープラッツへ出て、何か食べて帰ろうかと思ったが、食べてみたい店がなかなかない。1時間くらいウロウロしたが、結局、ツォー駅のスーパーで食べ物を買って帰り、ホテルの部屋で食べることにした。スーパーの撮影は禁止のため、写真はなし。

 ハム、チーズ、それにマスをマヨネーズであえてあるようなものを購入。マスは美味しかったし、このような食べ方で食べるのは日本ではないのでなかなかよかった。


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 ビールも瓶ビールを買って帰った。ベルリナー・ピルスナー。グラスにも同じ銘柄が書いてあるが、グラスはたまたま部屋にあったもの。ベルリンで最も一般的な銘柄だろう。


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 クロムバッハー・ドゥンケル。クロムバッハーはケルンの方のメーカーらしいので、ドイツ中で知られた銘柄かもしれない。黒ビールもあったので、黒を選んだ。


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 寿司。サーモン握りとアボガド巻。まぁ、普通程度のできか。


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   いちご。日本で食べるいちごと比べて、大きさが不ぞろいで、形もさまざま。味は、かなり酸っぱい。日本の甘いいちごにはほど遠い。

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   fritz kola という見かけないコーラを見つけたので買ってみた。ドイツ独特のコーラなのだろうか。黒ラベルで男2人の顔のマークはインパクトがある。またvielviel koffein とあり、カフェインがとてもたくさん入っているということだ。しかし、苦みがきついわけではなく、甘味のあるコーラだ。コカコーラとは全く違う味だというおとはすぐわかる。

 こうして部屋で食べるのも楽しいし、外食よりは安上がりなので、ヨーロッパ旅行のときには旅行中に1回くらいは部屋食をすることが多くなってきている。
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2017年08月28日

シュタージ(旧東独秘密警察)本部見学

ベルリン旅行記3日目3回目

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 シュタージの刑務所を見た後は、路面電車の停留所まで戻り、Sバーンとの乗換駅へ向かった。


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 乗換駅はフランクフルターアレー。

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 Sバーンのホームでは環状線の方向が→で示されている。日本では内回り、外回りというが、それよりわかりやすい。  また、廻り方の違いで系統番号が違うのも面白い。でも、最大の難点は、環状線だけでなく、環状線から他の線に乗り入れる電車も運行されていて、しかも電車は形も色も違いがないこと。先頭車には系統番号や行先が表示されてはいるが、確認はしにくい。


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 SバーンからUバーンに乗り替える。

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 Uバーンの電車はベルリンどこでも共通のようだ。


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 マグデリーナシュトラッセで下車。すぐにもとは国家保安省であった大きな建物が道路に沿って建っている。


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 シュタージの本部があった建物が見えてきた。正面のビルがそうだ。

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 Uバーンの駅は、写真の右下付近にあり、一番下の建物に沿って左下まで歩く。そのあと、左端に沿って左端の真中まで歩き、また右へ向かう。真中に2つある▽の右側の建物がシュタージ本部だ。またこれらの建物群は東独の国家保安省だった建物だ。


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 扉のないエレベータ。使われていないが、これは怖い。


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 監視対象になった人々の記録ファイル。これが大量にあり、閲覧もできるようになっているという。


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 シュタージの長官室。思っていたよりも質素な感じだ。奥には会議室などが続いている。

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 さまざまなものに取り付けられていた盗聴器。ただただ話を聞くためだけ仕事をしていた人の写真もあった。


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 取り調べた人の臭いを採取していたという。臭いのしみこんだ布。


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 臭いの採取方法の説明。こんなことをして、何に使ったのだろう。


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 屋外には展示パネルで、ベルリンの壁が崩壊していった過程を説明していた。


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 壁が崩壊する直前に繰り広げられていたデモ。


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 アレクサンダー広場の世界時計付近に集まったデモの群衆。

 シュタージ本部の見学を終えるともう夕刻だった。
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2017年08月27日

シュタージ(旧東独秘密警察)刑務所見学

ベルリン旅行記3日目2回目


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 やがて、かつてのシュタージ刑務所らしき写真が道端に掲示してあった。どこだろうかと思ったら、周囲の建物などから判断して、いま自分がたっているところから、進む方向を撮影した写真だとわかった。


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 写真の下の方に、石畳が途切れている箇所が写っているが、これが昔の写真でブロック壁があった位置のようだ。かつては、ここから先は壁で囲まれた秘密エリアになっていたようだ。


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 この写真の一番奥にある建物が、自分のたっているそばの建物で、写真右手が秘密エリアのようだ。


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 これが、自分のたっていたそばの建物で、1つ上の写真では一番奥に写っている建物だ。この建物も秘密エリア内に入っている。当時は病院だったらしい。


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 ここから入場。昔はこの入口はなく、見学用に作られたようだ。入口の左手のほうに、入場券売場がある。


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 入場券と胸に貼るシール。6ユーロ。見学はガイドに引率されてのツアー形式なのだが、1時間ごとの出発で、運が悪く、ツアーが出発したところで、50分ほど待たねばならず、暇つぶしに苦労した。 


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 11時からのガイドツアー開始。ガイドはここに拘留されていた人がしているので、熱が入る。要所要所で詳しい説明があるのだが、ドイツ語の説明はわからず、ちょっと退屈。

 この建物は入口から入った時にすぐに目に入っていたのだが、これが旧館だった。


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 地下に行くと両側に監房がならんでいる。湿気があり、うす暗いところだ。


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 監房の1つ。ここは窓がなかった。こういうところに閉じこめられると、精神的におかしくなり、自白させられやすいだろう。


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 外に出た。地上すれすれのところに鉄格子がついているのが監房。上に窓がついている部屋もあるのだが、のぞいてみた部屋は窓なしだった。


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 囚人の護送車。荷物の配達車と違いがなく、街中に止まっていても気づかれにくい。


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 車内。囚人は窓のない小部屋に入れられ運ばれる。小部屋は2つついている。


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 こちらは新館。


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 新館の監房が並ぶ廊下。足音が気づかれにくいようにリノリウム貼りになっている。


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 監房内。窓があり、旧館よりはマシな環境だ。


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 新たに収容された人の写真を撮影する部屋。


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 シャワー室。


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 取調室。ここで何時間も取り調べが行われた。


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   狭い空間の上に金網がはってある。囚人の運動場のようだ。


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 客車が1両止めてあった。囚人を護送するのに使われたのだろうか。


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 刑務所内から見た外壁と監視塔。

 ガイドツアーは2時間くらいかかった。きた道を路面電車に乗るために引き返した。
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2017年08月26日

シュタージ(旧東独秘密警察)刑務所に向う

2か月近く中断しています、今年3月に行ったベルリンの旅行記を再開します。


ベルリン旅行記3日目1回目


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  この日はシュタージ(旧東独の秘密警察)の刑務所と本部の跡を見学する。

 朝食は前日と同じく、ツォー駅のBack Werkでサンドイッチを食べてすませた。


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 1日券、7ユーロを購入し、刻印機で日付を入れた。Sバーンでもよいが、停車駅の少ない中距離電車で移動。


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 前日も行った旧東ベルリンで最大の繁華街のあるアレクサンダープラッツで下車。 


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 ベルリンにはかなりの路面電車網があるが、ほとんどは旧東ベルリンで走っている。旧西でも路線があるが、統一後に新たに建設された路線だ。ただし車両はすでに旧東独製の古いものは一掃されていて、新しい車両ばかりだ。


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 乗車した電車の車内。


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 ほとんどの区間は、道路の中央に専用軌道があるのでスピードは速い。停留所の安全地帯は道路より少し高い程度だ。


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 30分ほど乗車して、シュタージ刑務所の最寄停留所に到着。アパート群の中の停留所だ。Gedenkstatte Hohenchonhausen とあり、850m歩くようだ。


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 高層アパートが並ぶのは、旧東側で多い景観だ。こうした中を10分ほど歩いた。
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2017年08月23日

さらばダイナースカード

約6年間、保持してきたダイナースカードを解約することにしました。

6年前 プロパーのダイナースカードを無料キャンパーンで取得。アンケートに答えるという条件での年会費無料でした。

4年前 2年間の年会費無料期間が終わるのを機に、ANAダイナースカードをつくり、これを三井住友のANAVISAゴールドカードにかわり、メインのANAカードにすることにしました。ダイナースカードとしては、プロパーのものからANA提携のものへの切り替えといういう手続きでした。ところが、メインのカードにして、利用度が増えたことから、ダイナースのデメリットが見えてきました。ダイナースが高級店重視路線であるために、一般の店舗で使えないことが、国内でも海外でも続出し、普段使いの決済カードとしては不向きなことがよくわかりました。

3年前 そのため、1年間だけで、ANAカードは三井住友に戻すことにしました。(このとき、手薄だったマスターカードを取得するため、新しく取得するのはVISAではなく、ANAマスターゴールドにしました。JALカードがVISAであることも考慮しました。)一方、時期を同じくして、ダイナースカードの中に好条件のカードを発見しました。(旧)シティバンクダイナースカードでした。シティバンクに口座を持つことが条件でしたが、このカードを持てば口座維持手数料が無料になり、さらに年間の決済額が30万円以上ならカード年会費も無料というものでした。ダイナースカードとしては、ANA提携のものからシティバンク提携のものへの切り替えという手続きでした。

2年前 シティバンクは日本での個人対象営業をとりやめることになりました。ところが、シティバンクの事業を買い取ったのが、銀行部門は三井住友銀行、ダイナースカードは三井住友信託銀行でした。自分は当初は、SMBCとよばれる同一の金融グループに属しているものとばかり勘違いしていました。SMBCは三井住友銀行を中心とする金融グループですが、三井住友信託銀行は別グループで資本関係はないことがわかりました。三井住友銀行はシティバンクから買い取った銀行事業を、子会社のSMBC信託銀行で行うことになりました。そして、(旧)シティバンクダイナースカードは、「SMBC信託銀行」提携の「三井住友信託銀行」発行ダイナースカードというややこしい位置づけになりました。このややこしい期間は半年ほどあったのですが、結局、三井住友信託銀行発行のダイナースカードに統合されることになりました。なお、ダイナースカードの年会費が無料になる条件は、年間決済額30万円以上という点は維持されました。この条件はクリアし、引き続き年会費は無料になりました。

1年前 三井住友信託銀行発行のダイナースカード((旧)シティバンク提携のもの)は、年間の決済額が60万円以上ならカード年会費が無料にという条件に変更されました。一方、シティバンクの銀行口座はSMBC信託銀行が引き継いだのですが、こちらは口座維持手数料を無料にする条件が、1か月間の平均預金額が50万円以上ということになりました。

来年はダイナースの年会費を無料にするには、60万円の決済が必要なのですが、ANAカード、JALカードでもそこそこ決済しているので、ダイナースで60万円というのはちょっと苦しいですし、うまく振り分ければ可能かもしれませんが、振り分けがなかなか面倒です。一方、ダイナースが一般の店舗で使いにくいカードであるデメリット、また、ダイナースの大きなメリットである世界各地の空港でラウンジを利用できるという点も、楽天カードでプライオリティパスを取得しましたから、自分にとっては魅力ではなくなりました。そのため、ダイナースカードを解約することにしました。

解約を決めるには迷いがありました。ダイナースカードは入会審査の厳しいカードですので、いったん退会すれば、来年以降、無職になる予定の自分は二度と入会できないと思われるからです。しかし、迷った末、解約、退会を近くすることにしました。解約に先立って、ポイントを全部、ANAマイルに交換する手続きはすでにしました。交換のためには6000円いるので、商品との交換も考えましたが、特にほしいという商品がなく、ANAマイルとの交換にしました。ANAマイルが加算され次第、解約の電話をします。ANAマイルは有効期限3年なので、3年以内に利用が必要ですので、うまく使いたいと思います。(先日の記事で、JALのJGP維持を修行して行う旨を書きました。JALマイルの無期限期間をできるだけ先延ばししたく思ったからなのですが、このANAマイルの使用のことも頭の中にあってのことでした。)

一方、SMBC信託銀行の口座ですが、60万円を置いて維持しているだけで、海外での使用は、シティバンク時代も含めて、一度もしていません。しかし、ひょっとして海外でのATMからの口座引出しは利用価値があるかもしれませんので、こちらは当面維持しようと思います。
posted by とんび at 20:48| Comment(4) | 旅の知恵

2017年08月20日

FOP2倍キャンペーン利用し、JGP維持をめざす

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今年は、JAL上級会員(クリスタル以上対象で平JGCは対象外)向けに、自分の選んだ1か月間に限り国内線のFOP2倍キャンペーンが行われています。国際線が中心の自分にとっては、あまり意味のないキャンペーンだと思っていました。しかし、この時期にいたって、このキャンペーンを使って、修行を行い、FOPを獲得して、来季もJGPを維持することにしました。

すでに書いている通り、2008年から維持し続けているJGP(JGCプレミア)の資格ですが、来年2018年の資格を今年2017年にとって、それをJGP維持の最後にしようと思っていました。しかし、これは少し困難で、今年2017年の資格を最後に、今年はもう来年のJGPはとらず、サファイアでとどまろうかと思うようになってきていました。

例年だと10月ごろに来季のJGPの資格がとれていたのですが、今年は年末までがんばってもサファイアどまりかと思えるようになってきていました。今年はなぜ、資格がとりにくくなっているのかというと、先に行ったインドネシア旅行はANAマイルを使ったことと、すでに3回行った台湾旅行はLCCを利用したことがあります。加えて、昨年までソウル発券のビジネスクラス航空券でバンコクを訪問していたのが、日本発券のエコノミークラス航空券での訪問になったことです(往復ラッキーアップグレードなどうれしいことはありましたが、FOPはエコノミークラス格安券分しか加算されません)。これらが重なって、今年はJGPに到達するのは難しく、かといって修行をしてまでとりにいく気もありませんでした。どうせ、来年でやめるのだから、前倒しして今年限りでもいいかなって感じでした。

先日、1か月間に限り国内線のFOP2倍キャンペーンを利用したらどうなるか試算してみたところ、かなり容易に、また思ったより安く、JGPに達することができることがわかりました。そこで、選んだ1ヶ月である10月に修行をおこなうことにしました。自分が修行を行うのは、2008年に、JGC+SFCの資格をとるために行って以来です。修行については、ずっと否定的、消極的な自分でしたが、このキャンペーンを使って、JGP資格が維持されるならいいんじゃないかと思いました。(同様の理由で、たとえば今年度はクリスタルである人が、JGCをとるために修行すると、例年よりもかなり容易にJGCがとれます。)

10月には、3連休に海外旅行を考えていたのですが、これはとりやめ、国内線修行をすることにしました。ただし、3連休に連日というのは苦しいので、日程を分散させて、10月中に4回の修行日を設けることにしました。経路は、伊丹/羽田/那覇/羽田/伊丹が2回、関西/那覇/伊丹が2回です。羽田経由の日は早朝から夜遅くまでの移動になるのですが、羽田・那覇間はFOPをかせぐためにファーストクラスにするので、さほど疲れないと思います。なお、これだけの修行だけではなおFOPが不足するので、あと2回行く予定の台湾は、1回はJALを利用しようと思います。

(以下は22日追加)
10月は海外旅行をやはりする方向です。羽田経由にすることで、国内線区間のFOPを多く獲得しようと思います。純粋に修行といえるのは、伊丹/羽田/那覇/羽田/伊丹を2回ということになりそうです。関西/那覇/伊丹は行わなくてすむ見込みです。
posted by とんび at 11:26| Comment(6) | 航空

2017年08月19日

訪台と台北発券をふりかえる

台湾は今までに30回訪問し、滞在日数97日。もちろん訪問回数、滞在日数とも最多の国です。最初の訪台は2001年でした。16年間で30回ですから、1年に2回弱の訪問をしていることになります。ですが、台湾に行きはじめた当初は年に1回程度でしたが、ここ2年ほどは年に4回程度に増えています。また、2005年以降は連続13年間、訪台が続いています。昨日の記事で、韓国は2003年から16年まで連続14年間の訪韓を行いましたが、興味関心が薄れて17年は行かないかもしれません、と書きました。台湾は、今のところ毎年行くだけの興味関心を維持していますので、2年後には台湾が15年連続訪台ということで、最多になると予想しています。

台湾はほとんど日本発券で訪問しているのですが、2014年以降はLCCの利用が多くなり、2014年以降に限れば、ピーチを始めとするLCC勢がJALよりも多く利用しています。LCCの快適度はJALより大幅によくないですが、台湾程度の距離ならば、なんとかLCCでもがまんできます。運賃の差を考えるとLCCを選んでしまいます。加えて、最近は台湾南部へ行くことが多くなったのですが、この場合は高雄をゲートウェイにするのが便利で、大阪発の場合は高雄への直行便はJALにはなく、どうしても高雄便のあるピーチを選んでしまいます。LCCでは他社もありますが、時間帯などは日本のLCCであるピーチが便利です。自分の場合、訪台はLCC中心で、という流れは止まらないと思います。

2014年以降はLCC中心なのですが、2013年以前は、JAA(日本アジア航空 のちにJALに統合)そしてJALが訪台の足でした。ほとんどが日本発券だったのですが、一時期だけですが、台北発券を行っていた時期がありました。

台北発券は、JALのアップグレード可能なエコノミークラス、1年有効のものを使って、台北/関西//伊丹/成田(羽田)/〇〇〇/成田(羽田)/伊丹//関西/台北 という経路で発券していました。〇〇〇はJALが就航しているヨーロッパ、北米のいろいろな地点が可能なのですが、自分が利用したのは、2009年から2013年にかけて、フランクフルト行が3回、パリ行が3回、ボストン行が1回の計7回発券しています。成田(羽田)と目的地の間はビジネスクラスへのアップグレードを申し込み、7往復のうち、片道1回を除いてアップグレードに成功しています。当時は、まだJALにあったアップグレードポイントを利用してのアップグレードでした。

2013年を最後に台北発券をとりやめた理由ですが大きく2つの理由があります。1つは、伊丹/成田(羽田)の国内線区間が利用できなくなり、別払いとなり運賃面での利点がなくなったことです。もう1つは、日本発券の場合でも1年近く前から割引航空券が発券できるようになり(それ以前は約半年前)、早めにアップグレード席を確保するのが困難になったことがあります。

2009年にはじめて台北発券を行ったときには、台北へ行くのに、往復特典航空券を発券し、復路を捨てるという、ちょっともったいない使い方をしました。また、最後の台北発券の航空券で台北に行ったあと、日本に帰国するにはピーチを使いました。昔は、海外発券の場合、出発地にどのようにして行くかというのが1つの課題だったのですが、今は、片道発券が基本のLCCが使えますし、特典航空券も片道での発券ができるようになり、出発地に簡単に行けるようになりました。

2014年以降は、LCCをメインにして訪台しています。今後も台湾に行くときはLCCが中心になるだろうなと思います。前回の記事とこの記事を書くために調べた結果、ソウル発券は17回、台北発券は7回したことがわかりました。自分が行った海外発券の発券地はソウルと台北だけです。バンコクや香港も一時期有名でしたが、自分は利用していません。おそらく、海外発券はもうしないかなとか考えています(旅行会社に依頼して買う場合はもうないと思いますが、ネットで海外発にして購入というのはするかもしれません)。
posted by とんび at 15:25| Comment(2) | 航空

2017年08月18日

訪韓とソウル発券をふりかえる

韓国は今までに24回訪問し、訪問回数、滞在日数ともに、台湾、タイに次いで3番目に多い国です。最初の訪韓は、1996年ですから、最初の訪韓からはもう21年になります。21年で24回ですから、平均で1年に1回強の訪韓をしていることになります。この間のソウルなどの変化も自分でよくわかります。1996、1999、2000、2003年と最初の4回は日本発券の航空券を使っていました。

はじめてのソウル発券は2004年の訪韓時でした。ビートルで釜山入りし、復路からソウル発券の仁川/関西/仁川の航空券を使い始めました。このときは5回目の訪韓でした。また、このときはソウルの旅行会社「世一旅行社」のオフィスまで出向いて紙の航空券を受け取りました。オフィスへ出向いたのは、その次のソウル発券のときまでで、以後はeチケットになり、オフィスに出向く必要はなくなりました。

2004、05、06年と、仁川/関西/仁川の航空券で4回訪韓しました。しかし、円安ウォン高のため、2006年に一時ループを中断しました。いったん、片道航空券をソウル発券し、その次の訪韓では、普通に日本で、関西/仁川の往復を買って訪韓しました。

2007年には日本からソウル往復しましたが(以後、ソウルでは金浦空港を利用することになるので、07年の訪韓がピーチと中国行く場合を除いて、最後の仁川空港利用になりました。ピーチ利用のときと中国に行くとき仁川乗継は以後も各1回ありました。)。2008年には、ソウル発券も割高じゃなくなってきたので、ソウル発券を再開することにしました。ビートルで釜山入りし、復路から釜山/関西/釜山の航空券を使いました。2009年にも釜山に行きましたが、そのときは、往路は前回の残りの関西/釜山、復路は釜山/関西//伊丹/成田/ロサンゼルス/成田/伊丹//関西/金浦という特典航空券を発券し、次回の訪韓はソウルということでつなげました。

2010年以後のソウル発券は、以前のようなソウル/関西の単純往復ではありませんでした。2010、11、12年とソウル発旭川行を使いましたが、そのときには日本国内で14区間はすでに封じられていました。しかし、4区間までは使えたので金浦/関西//伊丹/羽田/旭川/羽田/伊丹//関西/金浦という経路で発券しました。なお、これは普通運賃なので、旅行会社で買うのではなく、JALで電話予約して、金浦空港のカウンターで買いました。しかし13年にはこの手も封じられたので、使ったのは3往復でした。

↓冒頭部分でこのことにふれています。
http://tombi00.sakura.ne.jp/korea2/seoul/seoul11.htm
↓自分の場合は、修行は好みません。ですから、搭乗回数やポイントをかせぐために旭川に行ったのではありません。行きたかった大雪山に行くのに都合がよかったからです。
http://tombi00.sakura.ne.jp/hokkaido/hokkaido40.htm

13年には、日本のLCCが発足し、さっそくソウルから帰国時にピーチを使い、その次の14年の訪韓時も行きはピーチを使いましたが、ソウル発の東南アジア方面の格安のビジネスクラスチケットが販売されはじめ、それを利用することにしました。

2014、15年と、ソウル発バンコク行ビジネスクラス割引航空券を使いました。経路は金浦/関西//伊丹/羽田/バンコク/羽田/伊丹//関西/金浦です。値段は日本発のバンコク行のアップグレード可能運賃程度でした。これは旅行会社でしか買えませんでした。

↓冒頭部分でこのことにふれています。
http://tombi00.sakura.ne.jp/korea2/seoul/seoul24.htm
↓しかし15年に金浦/関西の路線が廃止されましたので、経路を金浦/羽田/伊丹//関西/バンコク/関西//伊丹/羽田/金浦に変更しました。冒頭部分でこのことにふれていますが、この経路は、大阪から東京経由での訪韓になり、非常に面倒で、行き帰りに1日を要しました。嫌だな、と思っていたところ、さらにこの券種は韓国居住者にだけ販売という条件がつけくわわったのです。(現在は日本居住者でも販売可能に戻った代わり、通用期間が3か月と非常に短くなっていて、事実上、日本居住者にとっては使いづらいものになっています。)
http://tombi00.sakura.ne.jp/korea2/seoul/seoul41.htm

結局、大阪・東京・バンコクの順に回る経路では2往復利用し、東京・大阪・バンコクの順に回る経路は1往復発券して、最終区間は、伊丹/羽田にし、羽田/金浦は利用しない旨を連絡したうえで、捨てました。16年7月、羽田/金浦が失効するとともに、自分のソウル発券ループは途切れ、現在にいたっています。最後の訪韓は16年1月で、以後は訪韓していません。

ソウル発券をはじめる前年の2003年から最後のソウル発券航空券で訪韓した2016年まで、連続14年間、訪韓を行い、その間の訪韓回数は20回(うち1回は、ソウル発券中断で日本発券)になります。20回のうち、日本発券、ピーチ、ソウル発の特典航空券の場合が各1回、往路がビートルというのが2回あるので、それを除く16往復の純粋なソウル発券を行ったといえます。しかし、16年1月に訪韓して以来、1年半以上、訪韓が中断しています。

いま、自分の興味関心が韓国から遠のき、台湾、東南アジアに向かっていることもあり、2017年は訪韓していません。訪韓の連続年数も14年でストップかなと思っています。ソウル発券のループがなくなり、今後は、たまにLCCを利用しての訪韓することになりそうです。
posted by とんび at 06:08| Comment(6) | 航空