2017年04月13日

ウ・タント・ハウス行ったあとぶらぶら街歩き

ヤンゴン旅行記4日目4回目


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  2日前にもやってきたが、閉館だったウ・タント・ハウス。今度は開館しているときにやってきた。

 ウ・タントは、ミャンマー(当時はビルマ)出身の国連事務総長。ビルマの国連代表をへて、1961年から1971年まで事務総長に在任した。在任期間中に、キューバ危機やコンゴ動乱があった。

 1968年から軍事独裁政権が続く中で、ウ・タントは政権とは距離をおき、退任後も米国にとどまった。1974年の死後、遺体がミャンマーに戻り、シュエダゴンに埋葬されたが、軍事独裁政権では評価されてこなかった。


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   ウ・タント・ハウスは、彼がビルマの国連代表になる前、ビルマ政府の閣僚をしていた当時の家だ。長らく放置されてきたのだが、民主化後の2015年に整備され、公開されるようになった。

 ここは応接室のようだが、壁面には彼の業績の展示パネルがある。


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 彼の書斎。


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 パネルの中の写真から1枚。若いころのタイのプミポン前国王と握手する姿。このほか、有名政治家との写真が多く飾ってあった。


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   ウ・タント・ハウスを出て、タクシーでボウタタウン・パゴダに向った。ヤンゴンの市街地の北端から南端への移動で、30分ほどかかった。4000チャット。


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 堂内は金でできた扉が並び圧巻であった。こうした部屋がいくつも連続して、どこまで続くのかと思わせた。彫刻も繊細でひとつひとつ見ると全部違っているのも面白い。


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 ボウタタウン・パゴダを出た後、臨港線の路面電車があるとのことで、停留所で30分ほど待ったが、動いている気配がせず、乗車をあきらめた。果たして運転されているのだろうか。


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   路面電車の乗車をあきらめて、近くのバス停から路線バスに乗車して市内中心部に向うことにした。

 とはいえ、行先はミャンマー文字、系統番号はミャンマー数字で、どこに連れていかれるかわからないバスだ。バスの向きが市内中心部の方を向いているという理由だけで乗車。


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  バス車内。立っているのが車掌。乗れば運賃を集めにくる。運賃は200チャット(約17円)。

 バスが交差点を曲がるとドキッとするが、何とか市内中心部のチャイナタウンで下車することができた。


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 チャイナタウンを散策。新年の飾りを売る店か。

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 クーン(噛みたばこ)の屋台。

 キンマ(コショウ科の植物)の葉っぱの上に、石灰をこねたものを塗り、その上にビンロウ(檳榔)(ヤシ科の木)の種子を刻んだものを置いている。それをガムのように噛むそうだ。そのとき、口の中が真っ赤になるのだという。


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 スーレーパゴダ。ロータリーの真ん中にあるパゴダだ。2階の入口に直結している歩道橋があるので、そこを渡り、2階から入場した。

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 中に入ると、床面に水を流して掃除をしていた。掃除直後の床は、冷たくてきれいで気持ちがいい。


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 外側からは中心のパゴダ以外は見えないが、中に入ってみると、中心のパゴダの周りに小さなパゴダが配置されていることがわかる。
posted by とんび at 07:12| Comment(0) | ミャンマー