2017年03月30日

ベルリン滞在中

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ベルリンにやってきました。1日目はパリ経由で移動だけでした。パリからベルリンははじめてのエアベルリン。半LCCといってよいような会社ですね。テーゲル空港に着いたのが遅くて、SIMが買えませんでした。2日目も街中をあるているだけでは携帯ショップも見当たらなかったので、今回はSIMなしです。ショッピングセンターに入ったりしたら、店があったかもしれませんが、観光時間を削りたくないので、今回は買いません。

で、ネットが使えるのは、ホテルのwifiのみ。幸いホテルのネットはなかなか良いです。今回は予定をほとんど立てずにやってきたので、いくところを決めるために調べることが多くて助かっています。調べ物が多くて、昨日はここでの報告もできませんでした。

2日目からベルリン観光スタートでしたが、ベルリンに壁にかかわるようなところを回りました。写真はベルナウアー通りというところに残されている壁です。ここは今回はじめてやってきました。かなりの区間にわたって壁が残されているうえ、監視塔や見張りのためのライトなど見るものがおおく、近年、ミュージアムもできたので、このエリアだけで2時間くらい過ごしました。

そのあとも、壁のあとやミュージアムをみました。さらに前回来たときには、建物の地下だけが残されていたナチスの秘密警察ですが、ミュージアムができていて、ここも見て回るのに時間を要しました。8時半にホテルをでて、21時半に帰りました。この中には3食とも外食にした食事時間も入っていて、注文した料理が出てくるのに時間がかかったことも影響しています。

旅行前には、博物館島も行ってみたいと書いていましたが、ホテルのwifiを使って調べた結果、今回は20世紀に入って起こった出来事に関係深いところを中心にみて回ろうと気持ちが変わって来ました。きょうは東ドイツの秘密警察のミュージアムなどを回ろうと思います。

posted by とんび at 11:59| Comment(8) | ドイツ

2017年03月26日

22年ぶりにベルリン再訪

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つぎの旅行は久しぶりにヨーロッパで、ベルリンに行ってきます。ベルリンを含めてドイツ各地周遊の旅をしたのは1995年。ベルリンは2日半、各地をみてまわりました。写真は1995年当時に残っていたベリリンの壁。1995年段階で壁が残っていたのは、ここともう1ヶ所だけだったのですが、今回もこの2か所に行ってこようと思います。前回の訪問は、壁がなくなったのは1989年でしたから、まだ壁がなくなって6年目でした。今回は壁がなくなってから28年たっています。壁ができたのは1961年ですから、壁は1989年まで28年間あったことになります。28年あった壁がなくなってから28年ということで歴史の流れを感じます。

そのほか、22年前に訪問したところをなるべく全部、再訪問しようと思っています。加えて、前回の訪問から現在までの間に新たにできたスポットもたくさんあります。新しいところも回ろうと思っています。予定している観光時間は3日半なのですが、この日数で行けるか微妙です。郊外のポツダムも再訪したいのですが、どうなるかわかりません。


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22年前、Sバーン(郊外電車)では、このような電車がバンバン走っていました。旧東ドイツ製の電車でした。もはや、このような電車はないでしょうが、どのような電車にかわっているかも楽しみです。

博物館島でさまざまなミュージアムをめぐるのも楽しみです。ドイツへ行ったのは5年ほど前にも短期間行きましたが、そのときはエッセン、ドルトムントなど西部を回りました。そのときも、ビールやソーセージなどを味わいましたが、再び味わえるということも期待しています。

ヨーロッパの中で、行きたい都市は数多くあるのですが、なぜベルリンにしたのか。昨年秋ごろですが、今回の旅行をどうしようかと思い、JALのホームページをいろいろ見ていました。すると希望日程で、行きはパリ行、帰りはフランクフルト発にすれば、マイルでアップグレード可能なチケットが残っていたので、行先を考えず、チケットだけ購入しました。この時点では、ヨーロッパのどこかに行くことだけ決めました。そのあとで、ヨーロッパ内のどこに行くか、あれこれ考え、ベルリンにしたわけです。

ところで、上の日程表で、行きの伊丹発成田行はクラスJ、帰りの成田発伊丹行は普通席になっていますね。これまで、成田便を使うときは、伊丹からのアクセス便は、予約時にクラスJeクーポンを使ってクラスJにしてきました。しかし、3月末をもって、クラスJeクーポンは廃止されます。それで、帰りの便は、普通席でしか予約できなかったのです。成田に着いた後、カウンターでクラスJのアップグレードを申し込もうと思いますが、たぶん無理でしょう。Jl3005は小型機でクラスJもわずかなので。

あと、行きのJL3002が767になっていることも注目点ですね。従来、伊丹発成田行の朝便は国際線の777が使われてきて、クラスJは国際線のビジネスクラス席でしたが、国内線用の普通の飛行機になったようです。最初予約したときは777だったのですが、後日に機材変更がありました。3月末からのスケジュールで777の使われる路線が変更になったことの余波だと思います。これが一時的な変更なのか、それとも永続的に続くのかも気になります。
posted by とんび at 12:37| Comment(4) | ドイツ

2017年03月24日

ダヌビューでミャンマー料理

ヤンゴン旅行記3日目5回目


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 ヤンゴン中央駅に戻り、夕食をとりに、以前、11年前に行ったはずのミャンマー料理の店を再訪問することにした。

 ライトアップされたスーレー・パゴダを見るために、ちょっと遠回りした。


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 やってきた店は、ダヌビュー。適度にお客さんが入っている。

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 飲物はミャンマービール。

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 料理は指差しで選んだ。フィッシュカレー。何の魚かわからないが、骨ごとから揚げにしてあり、油ギトギトのカレーに浮かんでいる。


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 カリフラワー。あっさりした味付けで美味しい。


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 もやしと豆腐のたいたもの。薄い味付けでよかった。


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 チキンカレー。チキンが油に浸されている。


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 メンマ。味は濃いが、油はあまり使われていない。


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 無料で出される野菜の盛り合せ。生野菜が中心であるが、なすはゆでてある。


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 無料のスープ。青菜が多く入っていた。

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 全部の料理を並べてみると、皿の多さに圧倒される。油ギトギトのものをなるべく選ばなったので、美味しくいただけた。 これだけ食べても10000チャット少々。1000円ほど。

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 帰り道、ミャンマービールのプレミアムを見つけたので、買って帰り、部屋で飲んだ。
posted by とんび at 23:52| Comment(2) | ミャンマー

2017年03月23日

3回目の途中下車でパゴダめぐり

ヤンゴン旅行記3日目4回目

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  ミンガラドン駅の駅舎は、先ほど自分がホームに降りて、駅の構外に出た側とは反対側にあった。このとき14時40分。駅舎の写真を撮って、中に入ってみると、ホームに列車が停車中。


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 停車していた列車。駅舎に面したホームに止まっていた。JRで使われていたディーゼルカーだ。この列車は自分が向う側とは反対の方向に向かうのだろうと判断。

 やがてドアが閉まり発車するようだ。ところが、この列車、何と自分が向かう方向の列車だったのだ。大失敗。この列車に乗るべきだった。乗ることができたのに、見送ってしまい、しばし呆然。おそらく、乗りそびれたのが中央駅12時25分発の列車だろう。この駅には本来14時ごろにやってくるはずだ。しかし遅れていた。遅れは40分程度だ。先ほど乗車した列車は1時間遅れだったので、遅れが少し回復したようだ。


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 次の列車は、中央駅13時10分発だ。この駅を本来なら14時50分くらいに出るはずだが、40分遅れているとしたら、15時30分ごろに出るはずだ。それまで、休憩だ。


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 15時ごろに、自分の向うのとは反対方向に向かう列車がやってきた。

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  駅舎側のホームに到着した反対方向行きの列車を見ていたら、何と反対方向の列車がやってきた。今度は、自分が下車したホームの側に停車した。

 大急ぎで、ホームの先端まで行き、線路上を渡り、開いたままのドアから車両の中に入った。

 中央駅13時10分発の列車なのかな。計算上は、この駅を通るのは14時40分ごろのはずだ。とすれば、遅れは20分ほどまでに小さくなっているわけだ。


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 車内だけ見ると、日本で走っていたころと変化がない。典型的な日本の通勤型車両だ。

 すぐに、ミンガラドン空港の滑走路のそばを走行。空港の敷地は、線路よりも高くなっているので、滑走路は見えないのだが、雰囲気から考えて、空港の外であるのは間違いない。


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 かつてはJR久留里線で活躍していたディーゼルカーのようだ。


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 20分ほどの乗車で、3回目の途中下車をするタダレー駅に到着。15時30分。この駅からは3つのパゴダへ、徒歩とタクシーで向かうことにする。

 まずはナーガ洞窟パゴダへ。修行中の小坊主がたくさんいる。僧院を併設しているようだ。入口が洞窟の形をしているとのことだが、自分が入ったところは、洞窟の形でなかった。


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パゴダの中央にある仏像のならぶところ。


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 次にスゥェドミー・パゴダへ。まだ完成してから、年月がたっていないのだろうか。まっさらのような感じの本堂だ。


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 本堂の内部。金色の仏像がいくつか、太陽光線を浴びて輝いている。


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 続いて、メーラム・パゴダへタクシーで移動。2つのパゴダは、駅を中心に点対称のような位置にあり、歩くには遠いのでタクシーを利用した。メーラム・パゴダは下町のパゴダの雰囲気が漂っている。


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 お供えをケーブルカーのような仕組でパゴダの上部に積み込めるようになっている。


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 ケーブルカーのようなカゴを動かすためにロープを引く人々。


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   中央駅15時25分発の列車は、タダレー駅には本来なら17時25分ごろに列車が着くはずだが、20分遅れているとして17時45分ごろだと予想して、駅に戻った。すると、予想よりも早く17時30分くらいに列車がやってきた。正確な時刻がわからないが、5分か10分遅れにまで回復しているようだ。昼ごろには1時間くらい遅れていたことから比べると、ほとんど定刻に戻ったといってもよい。


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 車内の禁止事項。禁煙、ゴミ捨て禁止、そしてラブラブ禁止。


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 18時30分ごろ、中央駅に戻ってきた。10時間ほどかけて、途中下車を3回しながらのヤンゴン環状線の旅を終了。
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2017年03月22日

2回目の途中下車でバスターミナルと日本人墓地へ

ヤンゴン旅行記3日目3回目


 
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 中央駅10時10分発の列車だろう。今度もディーゼル機関車がけん引する客車列車だった。本来ならば11時10分くらいにインセイン駅にやってくるはずだが、12時をすぎ12時10分近い。


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 車内ではのんびりした光景がみられる。


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 ジャンクションであるダニンゴン駅で、大勢の行商人らしき人たちが、大量の野菜とともに乗り込んできた。郊外で仕入れてきた野菜を載せるために、皆さん、窓から荷物を放り込んでいる。大きな袋に詰められた米もバンバン積み込まれる。

 座席に座りきれなくて、床に座っていた行商人の人たちも、一駅一駅停車するごとに少しづつ下車していく。ダニンゴン駅出発時には足の踏み場もなかったのだが、幸い、自分が下車する駅のあたりでは、出口まで歩けるようになっていた。


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 2回目の途中下車をするミンガラドン駅に到着。ホームでは物売りが客車を移動していた。あまりの混雑で、物売りも商売上がったりだ。

 実は、この駅の駅舎は列車の向う側にあったのだが、このときは気づかなかった。そのため、ホームが1つの無人駅だと思っていた。ホームの右手に外に出る通路があり、そちらに進んだので、駅舎はわからなかった。列車が出た後に、気づいてもよかったのだが。

 ミンガラドン駅からは、日本人墓地に向うのだが、途中、アウミンガラ・バスターミナルにも立ち寄り、昼食をとろうと思う。また、ヤンゴン国際空港は、別名がミンガラドン空港で、この駅の近くまで滑走路がのびている。


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   裏口から出たためか、静かな住宅街が続く。駅から2kmほど離れたバスターミナルまでタクシーを利用しようと思っていたのだが、タクシーがいそうにもない。


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 1kmほど歩いて大通りに出たのだが、バスターミナルまでの半分を歩いたので、もう歩いちゃえということで、駅から30分ほどかかってバスターミナルに到着。ヤンゴンから地方都市への長距離バスを利用する場合は、このバスターミナルまでやってこなければならず、かなり面倒な感じだ。


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 バスターミナルにある食堂の一つに入って昼食とする。すでに13時を回っていて、腹ペコ状態だ。


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   ミャンマー語のメニューしかなく、フライドヌードルと注文した。

 米の麺のやきそばがでてきた。麺は細麺と太麺が混じっている。そして、とても辛い。唐辛子味だ。

 日本人墓地へは、さらに1kmほど歩く。墓地に行く途中に、バスターミナルの到着専用のターミナルがあった。


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  日本人墓地の手前に別の墓地があり、間違えて、そちらの墓地に入ってしまった。おかげで15分ほどロス。

  さらに歩いて、日本人墓地の入口に到着した。


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 第2次大戦時の戦闘などで亡くなった日本軍兵士の墓がある。


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  墓地の奥に慰霊碑があった。


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 慰霊碑の碑文。昭和56年の建立なので、そこそこ新しいものだ。


 
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 「ビルマの竪琴」の主人公・水島上等兵のモデルとなった中村一雄氏の墓。
 日本人墓地付近でもタクシーは通らず、バスターミナル近くまで戻って、やっとタクシーを拾うことができ、ミンガラドン駅に向った。
posted by とんび at 21:50| Comment(0) | ミャンマー

2017年03月20日

1回目の途中下車で行った白象や大仏

ヤンゴン旅行記3日目2回目


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 環状線の列車の車内ではいろいろな売り子たちが行き来していた。ゆでたとうもろこしを売っている男性。2人がかりでかごを運んで売っていた。


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 新聞を売る子供。


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 何やらお菓子かな。頭の上の盆に商品を載せて移動する女性。


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 1時間ほど乗車してインセインに到着。他の多くの駅よりは少々大きめの駅だ。ここで1回目の途中下車をする。


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 跨線橋もある駅なのだが、ほとんどの下車客は、線路を渡って出口に向かっていった。


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 駅前にタクシーはなかったが、大通りに出るとすぐにタクシーはやってきた。

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 タクシーに2km、10分ほど乗車。1500チャット。

 やってきたのは、Royal White Elephant Garden。ここに3頭のホワイトエレファントがいるということで見学することにした。

 50mほど離れたところからの見学になるが、灰色ではないことはわかる。

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 真っ白だと思っていたのでちょっと意外だった。少しピンクがかった感じの色をしている。


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 ホワイトエレファントを見て、外に出ると、大通りの斜め向かいの位置にあるのが、ローカチャンタ・アーバヤ・ラヤブニ大仏の入口。


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 長い階段を上がる。最近できたようなきれいな階段だ。

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 階段を登りきって丘の上に出ると大仏の安置されているホールがある。

 大理石でできていて、マンダレーで作られて、船でヤンゴンに運ばれたという。新しい大仏はコンクリート製が多いが、この大仏は丁寧に作ってある。ただ、大仏がプラスチックの覆いに囲まれていて、よく見えにくく、写真も撮りにくいのが難点だ。


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 変わった像があるということでやってきたアーレイン・カーシンパゴダ。大仏からは1kmほど歩いた。

 ちょうどカレン族の新年の展示をしていたのでそちらにむかった。


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 カレン族の衣装や生活道具が並べられていて、カレン族の民族音楽が流されている。


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 天使のような仏像。変わった仏像が多いらしいのだが、これくらいしか気づかなかった。この寺では、あまり時間をかけかれなかった。インセイン駅までやってきた環状線の列車は8時20分発。これが40分遅れていた。となれば、次も40分遅れていると仮定すると、中央駅10時10分発が10時50分発。インセイン駅にやてくるのは、1時間後の11時50分。こう考えるともう時間がなかったのだ。


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 タクシーでインセイン駅に戻った。1km、5分ほど。1500チャット。11時50分だが、列車はまだ着いていないようだ。なぜならホームに人があふれていたから。

 ホームでは物売りが何人も商売をしていた。この女性はタナカをぬっている。11年前の訪問では女性は全員、タナカを塗っていたといえたのだが、今回は女性の半分ほどにタナカが減っていた。

 結局、1時間遅れで列車がやってきた。
posted by とんび at 22:07| Comment(0) | ミャンマー

2017年03月19日

モヒンガー食べて、ヤンゴン環状線の旅スタート

ヤンゴン旅行記3日目1回目


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 朝食は洋朝食にかえて、麺料理をいただくことができるので、3日目の朝食はミャンマーを代表する麺といえるモヒンガーを頼んである。

 モヒンガーだけが出てくるのかと思っていたのだが、洋朝食の卵料理とトーストにかえてモヒンガーで、洋朝食よりも量は多い。


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 モヒンガーはミャンマーを代表する麺料理だ。麺は米の細麺でそうめんのような感じだ。スープは、魚がベースになっているらしいが生臭くはなく、ココナッツの味もする。味付けはナンプラーが主体だが、唐辛子やしょうがそれにカレー系の香辛料も使っていて、濃厚なスープだ。パクチーの葉も浮かんでいる。

 具は煮卵、さつまあげ風のものや何だかよくわからないが天ぷらのようなものや、魚の身を煮たもの入っている。


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 朝食のあと、いったん部屋に戻って、すぐに出発。この日はヤンゴン環状線に乗車するので、前日もやってきたヤンゴン中央駅にやってきた。

 ヤンゴン中央駅の6、7番ホームが環状線の発着するホームだ。6番が左回り、7番が右回りの列車のホームになっている。ミャンマー数字だけでなくアラビア数字の表記もあって助かった。また、日本では環状線は内回り、外回りという言い方をするが、ミャンマーは列車は日本と同じく左側通行なので、日本式で言えば、右回りは外回り、左回りは内回りだ。


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 ホームの中ほどの切符売場で切符を購入。サーキュラーチケットで通じ、500チャット。約45円だ。このチケットで環状線を一周できるだけでなく、途中下車もできるので、3つの駅で途中下車して、その近くにある観光地をタクシーまたは徒歩で訪問する予定だ。


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 前日に駅員に尋ねて8時20分の列車があることまではわかっている。ガイドブックに記載されているのと同じ時刻だ。ガイドブックで検討したら、右回りで途中下車していくほうが動きやすいダイヤだったので、右回りで動く計画をたてていた。しかし、ガイドブックに記載されている時刻とはかわっているかもしれない。

 しかし、掲示されている時刻表はミャンマー数字で書かれているので、アラビア数字の時刻表はないか尋ねてみた。すると、切符売場の中に入るように言われ、アラビア数字の時刻表を見せてもらえた。ガイドブックとは少し違っていたが、右回りの方が便利なのは同じで、予定通り右回りで動くことにした。


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   環状線の路線図。これもホームにはミャンマー語の路線図しかなく、切符売場の中で見せてもらったものだ。

 3ヶ所、オレンジ色の枠で囲んでいる駅で途中下車する。途中下車しなければ、2時間半ほどで環状線を一周するようだ。一周が50kmほどの路線なので、恐ろしくスローな列車だ。


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 定刻の8時20分になっても列車はこない。20分遅れで列車が入線してきた。ディーゼル機関車がけん引する客車列車で10両ほどつながれている。

 てっきり中央駅始発だとばかり思っていたら、満員の状態で到着し、たくさんの乗客が下車し、そのあとで乗車。環状線のどこかの駅からやってきたのか、ほかの路線からの到着だろう。


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 さらに10分ほど停車し、中央駅の出発は30分ほど遅れてであった。ロングシートの席はほぼ埋まって、空席が少しある程度だった。

 予想はしていたが、ドアは開放したまま動いていた。超スローな列車とはいえ、満員で到着したのを見ると、かなり危ないと思った。


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 売り子が次々にやってくる。菓子類をはじめとうもろこし、フルーツ、飲物、新聞などを売り歩いている。意外だったのは、結構、買う人が多かったことだ。
posted by とんび at 23:27| Comment(4) | ミャンマー

2017年03月18日

YKKOでチェッオー

ミャンマー旅行記2日目5回目

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 タクシーでダウンタウンのYKKOに直行。店はほかにもあるようだ。Kyay-Ohの文字が見えるがチェッオーと読む。麺料理のチェッオーが中心の店のようで、ミャンマーにしては明るくきれいな店だ。


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 ビールとだけ言ったらミャンマービール大瓶がでてくるのは他店と同じだ。


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 注文したのはシーフードチェッオー。あっさりとした薄塩味のスープ。シーフードのほかに、チキン、ポークなどがあり、一番値段が高かったシーフードにした。麺はビーフンだが、細麺、太麺、混合麺の中から選べたので混合麺にした。スープ麺とドライ麺かも選べたので、ドライ麺にした。麺の上に具がたくさんのっていて、麺はみえない。


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 太麺と細麺が混じっているとこんな感じ。太麺は超太麺だった。


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 ドライ麺にはスープが別についてきた。麺とビールで10000チャットで少しおつりがあった。800円くらいか。値段的には昼食のミャンマー料理店と同じくらいだったが、今回は麺だけだったので、少し高めの店なのかもしれない。


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 外気温29度で、夜8時とは思えない。夜でも汗がでててくる。宿に戻ってシャワーを浴びて1日を終えた。
posted by とんび at 15:37| Comment(0) | ミャンマー

2017年03月16日

午後はブラブラ歩き続ける

ヤンゴン旅行記2日目4回目


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 ウ・タントの家へと向った。迷いながらも、昼食のあと1時間ほど歩き続けて到着した。


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 ところが、閉まっているようだ。この日は木曜日だ。開いている日は多くなく、金から日の10時から5時。翌々日、もう一度やってこよう。


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 閉まってはいたが、建物の外側を見ることはできた。ウ・タントは、1962年から71年まで国連事務総長をつとめた。74年に米国で死去したが、軍事政権では評価されてこなかった。この家も近年になって整備されてまだ間もない。


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 ウ・タントの家から、アウンサン・スー・チーの家へと向かう。再び、1時間くらい歩いて到着した。1989年から2010年までのうちの15年間、この壁の中の邸宅に軟禁されてきた。前回の訪問の2005年のときは、この前の道路は封鎖されていて、この門に近づくこともできなかった。

 大きな家の周囲は高い外壁で囲まれていて、内部の様子はまったくわからない。玄関の扉も、中が見えない扉になっている。民主化後、ここは観光地化してきているが、単に門を見るくらいしかできることはない。


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 インヤー湖。ヤンゴンで一番大きい池。景色がよい。この周辺がヤンゴンでも最も高級な住宅地区だ。アウンサン・スー・チーの家もこの湖の南岸に面している。

 ここで、湖岸に腰かけて、しばらく休憩した。ゴミゴミ感もあるヤンゴンの中ではオアシスのようなところだ。


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 インヤー湖からは、南へ歩くこと1時間ほど。チャウッターヂー・パゴダへ。大きな寝仏で有名なパゴダだ。
 入口でサンダルを脱ぎ、ちょっと長い通路を歩いた。


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 キラキラとした寝仏。全身を撮影することは難しい。


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 寝仏のある建物のすぐ前は駐車場になっていて、車の場合は簡単にアクセスできる。ここから外に出て、入口へと向かった。タクシーを拾う。市内中心部のレストランまで2500チャット。220円ほどだ。
posted by とんび at 23:02| Comment(0) | ミャンマー

2017年03月14日

搭乗ゲートでのラッキーアップグレードを初体験

昨日、台湾より帰国しました。最終日は、朝食をホテル近くの豆漿屋でとって、ホテルに戻ってチェックアウト。定宿であるサンルートから桃園空港に行くときは、ホテル前のバス停より松山空港発のバスに乗っていました。今回からは、MRT民権西路站から台北車站站まで行き、桃園機場MRTで空港に向かいます。ホテルからMRTの駅まで歩き、台北車站でもかなり歩く関係で、所要時間はバスが順調に走った場合と同じくらいの時間がかかります。それでも時間が読めるので、今後も機場MRTを利用すると思います。直達車で桃園空港に向かいました。

空港に着いたあと、地下の駅から4階の出発ロビーへ移動です。わかりやすい経路で迷うことはありません。JALのカウンターでチェックイン。エコノミークラスの指定していた座席で搭乗券を渡されました。復路については、JALのHPで、指定していた座席の番号が前日に消えているかどうか確かめられませんでした。なぜなら、今回の予約については専用のページにアクセスできなかったからです。この現象はときどきあります。

このあと保安検査場へ。数人、2,3分待ちでした。そして、出国審査場では、今回は常客証を使いませんでした。一般の審査場を使っても、待つ必要がなかったからです。誰も待たずに、そのままブースに入ることができました。出国審査場のあとは、プライオリティパスで入場できるプラザプレミアムラウンジにちょっと立ち寄り、少し飲食して、休憩。そして、そのあとJAL桃園空港ラウンジに向かいました。


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JAL桃園空港ラウンジは、内装や座席については、少し前の復興航空が運営していたときやその前のサクララウンジのときと変わりがありませんでした。でも、食事が大きく改善されていました。復興航空の時代よりもよくなっていただけじゃなく、かつてのサクララウンジの時代よりもよくなっていて、びっくりしました。

最大の変化は、カレーが用意されていたことです。羽田、成田のカレーとは違うし、関西のカレーとも違います。カレーがあってびっくりしました。ほかにもホットメニューが数種類ありました。かつてのサクララウンジのときも、復興航空のときも、点心があるのが特徴でしたが、点心は維持したうえに、何種類かの料理が用意されているのです。台北ではほかの航空会社のラウンジはエバーラウンジに入ったくらいですが、内装や椅子では負けていますし、他の航空会社のラウンジとくらべてもかなり見劣りする思います。それでも、食べ物については対等まではいかなくても、善戦したいるのじゃないかと思います。時間があったので、JALラウンジに入る前にプライオリティパスで入れるプラザプレミアムラウンジにも入りましたが、食べ物についてはプラザプレミアムよりよかったです。

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搭乗時刻が近づき、搭乗ゲートに向かいました。ちょうど、ゲートで優先搭乗の案内がはじまったところです。それで、優先搭乗の列に並びました。そして、搭乗券とパスポートを渡して、ゲートに入るときに異変がおこりました。搭乗券についてるバーコードをゲートの係員が機械にかざすと、普通ならピッというような音がなるのですが、今回はブーというような音でした。何らか異常が起こっていると直感しました。何が異常なのかわからず、よくないことだったら嫌だなって思いました。

すぐに、別の係員がやってきて、「今日はお客様が多く、ビジネスクラスの座席を用意しました。」という意味の説明をしました。そして、エコノミークラスの搭乗券をやぶり、代わりにビジネスクラスの搭乗券を渡してくれました。搭乗ゲートでのラッキーアップグレードだったのです。

搭乗ゲートでラッキーアップグレードもあることは知っていましたが、これまで経験したラッキーアップグレードはすべてカウンターでチェックインするときに告げられていました。伊丹から羽田や成田乗り継ぎで海外に向かう場合、ラッキーアップグレードがあると伊丹でアップグレードされた搭乗券が渡されていました。今回の往路でのラッキーアップグレードもカウンターで告げられました。

そんなわけで、搭乗ゲートで告げられるまでは、まさかラッキーアップグレードがあるとは思いもよりませんした。特に今回の旅行の場合は、往路でラッキーアップグレードがありましたから、復路でもあるなんてまったく考えてませんでした。カウンターではエコノミークラスの搭乗券が渡され、搭乗口でビジネスクラスに替えられたのはなぜでしょうか。予想ですが、カウンターでは、マイルを使ってアップグレードを申し出るお客さんを待っていたけれども、申し出るお客さんが現れなかったためかなと思います。びっくりしたまま搭乗し、思いもよらなかったビジネスクラスで帰国しました。
posted by とんび at 21:28| Comment(2) | 台湾