2015年04月30日

アメリカで行ってみたいところリスト

かつては見向きもしなかったアメリカ合衆国。2008年にNYに行って以来、行くようになりました。以前も書いた繰り返しになりますが、勝手に面白くない、食べ物がおいしくないなどと思い込んでいたようですが、行ってみて誤解だったことがわかりました。その後8年間で、カナダも含めて8回訪問しています。

訪問先は、ニューヨーク2回(1回はフィラデルフィアも)、ボストン、ワシントンD.C.、ロサンゼルス、サンフランシスコ、ホノルル、(カナダですが)バンクーバーです。1年に複数回訪問した年もありますし、1度も行かなかった年もありますが、平均すると年1回というところです。同じ8年間にヨーロッパはというとやはり8回訪問しています。ヨーロッパは、海外旅行をはじめた当時から関心が深かったので、当然と言った感じなのですが、アメリカ(カナダも含めて)も同程度の関心を持つようになるとは、自分でもちょっと意外感があります。

アメリカには行ってみたところがいろいろあります。ざっと思いつくまま書いてみようと思います。
西部=シアトル、ソルトレイクシティ(イエローストンにも)、ラスベガス(グランドキャニオンにも)、サンディエゴ、サンフランシスコ再訪(ヨセミテにも)、ロサンゼルス再訪
南部=ダラス、ヒューストン、ニューオーリンズ、アトランタ、マイアミ(キーウエストにも)
北東部=シカゴ、デトロイト(ナイヤガラにも)、ピッツバーグ、ニューヨーク再訪、ボストン再訪、ワシントンD.C.再訪(ボルティモアにも)
ハワイ=ホノルル再訪(ハワイ島にも)
アラスカ=フェアバンクスなど
米国じゃないですが、カナダ=トロント、モントリオール(ケベックも)、バンクーバー再訪(バンフなども)

ざっと書いただけで22ヶ所になりました。あと何年、海外旅行が続けられるか、まったく予想がつきませんが、22年間は大丈夫じゃないかと思います(願望も入っていますが)。こうなるとやはり、1年に1回、アメリカに行くことになるんだろうなって思います。
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2015年04月29日

JL69搭乗記

ワシントンD.C.旅行記6日目2回目


 
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 LAX(ロサンゼルス空港)には定刻に到着。JL69との乗継時間は3時間ほどある。アメリカン航空のターミナルがブラッドレー国際線ターミナルのすぐそばであるのと、JL69の搭乗券がダレス空港で発券されたこと、さらに保安検査場にビジネスクラス用のレーンがあったことなどで、余裕の乗継だった。

 2時間30分ほどの余裕があり、ワンワールドラウンジに向った。ワンワールド共同というより、カンタス、キャセイ、ブリティッシュエアウェイズの3社共同ラウンジという感じだ。 


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 LAXのワンワールドラウンジは数年前に利用しているが、改装されたようで、前回とはかなり様変わりしていた。きれいになり、広くなったように思うが、客もずいぶん増えた。


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 シャンパンと食事を少々。機内食に備えてセーブしておいた。食事も以前利用したときよりよくなっているように思った。  


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 B787のJL69。


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  搭乗ゲートはコンコースの先端にあった。


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 ビジネスクラスのシートはシェルフラットネオ。隣席にも客がいたのだが、隣のお客さんが移動してくれたおかげで、お互い隣が空席となった。


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 ウェルカムドリンクはオレンジジュースにした。


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 おつまみ。飲物はシャンペン。


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  30分ほど飛行すると、眼下にサンフランシスコが見えた。サンフランシスコが入江に面した街だということがよくわかる。写真の右真ん中が市街地。左真ん中に歩いて渡ったことがある金門橋が見える。


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  前菜。フォアグラのパテなど。


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  サーロインステーキ。


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  コーヒーとデザート。


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 往路は最短コースよりかなり南寄りのルートを飛行したが、復路はほぼ最短コースでの飛行だった。


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  2回目の食事として、ハムチーズサンドとトマトスープをとった。


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 復路は往路より飛行時間が長い分、ビデオもいろいろ見ることができた。

 ラストオーダーを聞かれたので、かき揚げ丼をご飯少々で頼んだ。


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  アイスクリームとフルーツ。


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  茨城県北部で本州上空に入り、宇都宮、甲府を通るルートを飛んだ。このようなコースを飛んだ経験はなく新鮮な感じだった。

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  定刻通り関西空港に到着。荷物にはワンワールドのプライオリティタグがアメリカン航空のものとJALのものがつけられていた。荷物スルーの場合でもタグをきちんとつけてくれていてよかった。

 
 レンタルWiFiを忘れずに返却して、今回の旅も無事終了。


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「ユーラシア紀行」にもワシントンD.C.旅行記を掲載しました。
まとめて見る場合は「ユーラシア紀行」をご覧ください。
アングロアメリカ ⇒ 15ワシントンD.C. を選んでください。
posted by とんび at 16:52| Comment(4) | USA

大陸横断してLAXへ

ワシントンD.C.旅行記6日目1回目


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 いよいよ帰国日。ダレス空港7時59分発のアメリカン航空便でロサンゼルスに向う。マリオット・ダレスエアポートをまだ真っ暗な6時前にチェックアウトし、6時の送迎バスに乗車。5分で空港に到着し、アメリカン航空のカウンターへ。経営統合したUSエアウェイズと隣どおしになっている。

 アメリカン航空はダレス空港発着便は少ない。ロサンゼルスから乗り継ぎのJAL便も発券してくれた。荷物も関西までスルーなのでラクチンだ。


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 アエロトレインに乗って移動。ダレス空港はターミナルは1つだが、アエロトレインで各コンコースに移動し、コンコースにゲートがある。

 AとBのコンコースはあわせて長い1つのコンコースなんだが、長さ1kmほどになるので、真ん中でAとBに分けている。CとDも同様の形態。ダレス空港はユナイテッド航空のハブ空港でユナイテッドはC,Dを使い、他の航空会社はA,Bを使う。アメリカン航空はBだ。


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 Bコンコースに着いた後、ブリティッシュ・エアウェイズのラウンジへ向った。ダレス空港はアメリカン航空のラウンジがないためだ。

 6時40分ごろにやってきたのだが、7時から営業だったので、しばらく付近を散策。すぐ近くに、ルフトハンザのラウンジがあり、当初計画のANA利用の場合はこちらを利用したことだろう。


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 7時を少し回り、入室しようとして、ワンワールド・エメラルドのマークの入ったJALのステータスカードと搭乗券を見せたところ、アメリカン航空利用の場合は午後からでないと入室できないと言われた。

 カウンターには、ダイナースのマークが表示されていたので、ダイナースのクレジットカードを出したら、すんなり入室できた。ダイナースのカードは、ANA提携のものでスターアライアンスのマークが入っているもので、変な感じではあった。 


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 ホットミールはまだ並んでいなかったので、ビールとポテトチップをいただいた。ビールは英国製のニューキャッスルで、色も味も濃いものだった。

 搭乗時刻が7時30分だったので、25分ごろまで、20分ほどだけのあわただしいラウンジ利用だった。


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   搭乗したアメリカン航空機。あまり見かけなくなった経営統合前の塗装。こうしてみるとレトロ感のある塗装だ。


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  7時59分発。米国内ではなぜか1分単位の離発着時刻が設定されている。8時ではいけないのだろうか。ファーストクラスなので、搭乗後すぐにおしぼりサービス。男性CA1人が12人の客のサービスをおこなっている。


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 離陸後すぐにアパラチア山脈にさしかかる。谷が多い複雑な山脈だ。


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 飲物のサービス。コーヒーを頼んだ。大きなカップに薄いコーヒーが注がれてきた。


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 機内食。クレープの中身の選択があり、チーズとアップル、パイナップルだったが、アップル、パイナップルにした。飲物はコーラにした。朝食だけあって、ワシントンD.C.行きより軽い食事でデザートも別にはでなかった。


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 やがて、碁盤の目状の畑がひろがった平原の上を飛んだ。米国中部に見られるタウンシップ制の区画だろうか。


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 しばらくすると、行きでも見えた円形の畑が見えてきた。センターピボット式の畑だ。


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 ポテトチップが配られるのが米国らしい。


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  ロッキー山脈越え。標高の高いところには積雪があり、中心の稜線が白く続いている。

 その後、砂漠の上空も通過し、ロサンゼルスに到着。
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2015年04月28日

台湾へ

GWは台湾に行くことにしたと、4月18日の記事で書きましたが、台湾の中の行先は台南にしました。昨年12月に続いての台南です。ピーチで高雄入りしたあと、すぐに台南に向い、台南に3泊します。

台南では前回に引き続いてグルメ探訪をしてこようと思います。ただ、今回は昼間は台南から出て、他の街へ行くことを考えています。丸1日を自由に使える日が2日ありますが、1日は美濃に行ってこようと思います。台南の南東、高雄の北東の山間にある田舎街です。もう1日はまだ決めていません。嘉義方面のどこかの街かなと思いますが、高鉄を使えば、台中方面もありかなと思いますし、行ったり来たり煩雑になりますが高雄より南もありです。また、台南をぶらぶらして、昼間からのグルメ探訪もありで、ちょっと迷い中です。

GWの台湾は2006年以来9年ぶりになります。2006年のときは、台北から高雄まで夜行列車で南下し、初めての高雄を体験。その後、北上し、阿里山に行きました。阿里山へは森林鉄路に揺られて行きました。もう9年もたったのかと感慨深いです。その後、台中にも泊まり、鹿港に行っています。最後は台北に戻っています。今までの台湾旅行の中でも一番移動した旅でした。
posted by とんび at 22:52| Comment(0) | 近況

2015年04月27日

航空宇宙博物館別館ウドバー・ハジー・センター

ワシントンD.C.旅行記5日目3回目


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  昼食後、地下鉄でいったんホテルに戻り、預けていた荷物を受けとり、再びロザリン駅へ。今度は地下鉄ではなく、地上のバス乗場に向った。

 13時30分ごろのメトロバス5Aに乗車。都心とダレス空港を結ぶバスで、途中、ロザリンにも停車する。ホテルの場所をロザリンに選んだのはこのバスの利用も考えてのことだ。
 
 空港バスの位置づけだが、荷物置場はなく、ちょっと不便だ。スマートリップも利用できる。


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  40分ほどでダレス空港着。空港にかなり近いところまで地下鉄シルバーラインが伸びていることを確認した。どうせならもう少し伸ばして空港に乗り入れればいいんだけれども。

 下車したところで、航空宇宙博物館の別館であるウドパー・ハジー・センターへのバスに乗り換え。本数が少ないので30分近く待った。フェアファックス・コネクターバス983番に乗車。こちらもスマートリップが使える。


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 10分ほどで、ウドパー・ハジー・センターに到着。15時少し前で、17時30分の閉館まで楽しもうと思う。 


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 大きなカバンをゴロゴロさせていたので、保安検査でカバンを開けさせられたが、無事に入場。カバンを引いて歩くと大変だったが、入場してすぐのところにロッカーがあったので、預けた。自分の場合はロッカーに入ったが、超大型のカバンだと入らない。0.25ドル入れないといけないが、荷物を出す時に戻ってきた。


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  カマボコ状のドームの中に数多くの飛行機が並んでいる。


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  最初に、スペースシャトル、ディスカバリー。39回の宇宙へ旅だったが、機体のタイルは色が変わったりしているのを見ると、飛行の困難さを感じずにはいられない。


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  日本の夜間戦闘機「月光」。第2次大戦末期に活躍した。


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  特攻機「桜花」。実戦には使われなかった。 


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 潜水艦搭載攻撃機「晴嵐」。洋上で10分以内に組立て、奇襲攻撃を行う目的で造られたが、実戦には使われなかった。


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  B29「エノラゲイ」。広島に原子爆弾を落としたのがこの機。


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  コンコルド。1976年、パリ、ニューヨークとパリ、ワシントンD.C.の両便の第一便として利用された機体。エールフランスから寄贈された。 


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 F14D「トムキャット」。1970〜90年代の主力戦闘機。可変翼が特徴。


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 尾翼のフェリックス・キャット。


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 ウドバー・ハジー・センターに17時まで滞在したあと、バスでダレス空港に移動。夕食をダレス空港でとっていくことにした。制限エリア外にはレストランは少なく、数少ない1軒に入った。


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 ビール。


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 サーロイン添えのサラダ。


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  食事後、マリオット・ダレスエアポートの送迎車でホテルへ。


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  この日は、マリオット・ダレスエアポートに泊まった。玄関は2階にあり、2階建てだ。そのかわり4棟があり、自分が泊まった部屋は玄関からかなり歩いた。建物が低いのは、空港の敷地内にあるからだろう。ターミナルビルから直線距離では500mほど、経路に沿った距離で1kmほどにあるホテルだ。ダレス空港に一番近いので、このホテルを選んだ。


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  泊まった部屋。4泊したハイアットよりもワンランク上の部屋だった。値段もハイアットの2泊分だったが。18時すぎに部屋に入り、特に何もすることもなく、早めに休んだ。
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2015年04月26日

フリーアギャラリーとレーガンビルでの昼食

ワシントンD.C.旅行記5日目2回目


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 スミソニアン駅で下車し、すぐのところにフリーアギャラリーがある。フリーアは人名でコレクションの寄贈者。東洋美術とアメリカ美術のコレクターであったフリーアの寄贈作品を中心に開館した美術館だ。

 小ぶりな美術館だが、地下があって、見て回るにはそこそこ時間がかかる。


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 孔雀の間。孔雀の絵が正面に描かれ、陶器が並べられている。フリーアギャラリーの有名な部屋である。


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 日本美術も多く展示されている。金剛力士像。


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 日本の屏風絵。


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 フリーアギャラリーの地下と隣のアーサー・M・サックラー・ギャラリーの地下はつながっていて、館外に出ずに移動できる。

 サックラー・ギャラリーは、アーサー・M・サックラーの寄贈した東洋美術と中近東美術のコレクションがもとになって造られた。フリーアギャラーと分野が重複するが、フリーアギャラリーは寄贈者の意思によって、他館との貸し借りを禁止しているいるのに対して、サックラー・ギャラリーは他館と自由に貸し借りができる。

 写真はガネーシャ像。


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 サックラー・ギャラリーの地下と隣のアフリカ美術館の地下もつながっていて、アフリカ美術館へも館外に出ずに移動できる。

 アフリカ系のオバマ大統領を記念する織物もあった。国の色分けが何か意味があるのかは不明。


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 アフリカ美術館の地上部分の外観。


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 アフリカ美術館と線対称の形でサックラー・ギャラリーが建っている。


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 スミソニアン城。


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 内部はスミソニアン系のミュージアム全体のインフォメーションになっている。

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 12時前に昼食のために、ロナルド・レーガンビルへ。何の変哲もないオフィスビルで、出入りには保安検査がある。検査が面倒なのだが、地下のフードコートを利用したくてやってきた。


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 レーガンの展示コーナーもあった。


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 地下のフードコート。かなり広い。


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 料理名はよくわからなかったのだが、チキンや野菜をライスの上に載せたものを食べた。熱々のトルティーヤと飲物つき。飲物はコーラにした。
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ジョージタウン街歩き

ワシントンD.C.旅行記5日目1回目


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 ワシントンD.C.もこの日が実質最終日。翌日は郊外のダレス空港からの便に搭乗するので、この日はダレス空港近くで泊まる。4泊したハイアット・アーリントンはチェックアウトし、荷物を預けた。午前中は観光を行い、昼過ぎにダレス空港に向い、午後はウドパー・ハジー・センターを見るつもりだからだ。

 ホテルをチェックアウトして、歩いてキーブリッジを渡り、ジョージタウンへ向かった。キーブロッジのあたりでポトマック川は幅が狭くなり、キーブリッジは300mくらいの橋だ。


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 キーブリッジの橋上から丘に建つジョージタウン大学の建物群が見える。


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 キーブリッジを渡ったところにある公園。フランシス・キー・スコットを記念する公園である。フランシス・キー・スコットは、米英戦争での、ボルティモアのマクヘンリー要塞の戦いでイギリス船に拘束された。その際、夜明けに星条旗がゆらいでいるのを見て、米国の勝利をたたえた詩をつくった。それが、アメリカ合衆国国歌の歌詞になった。キーブリッジも正式には、フランシス・キー・スコット・メモリアル・ブリッジだ。


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 この星条旗、星が15個なのだ。つまり、国歌の歌詞が作られた当時の国旗なのだ。独立時の13州に加え、バーモントとケンタッキーが加わったもの。


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 ジョージタウンのメインストリートであるMストリート。

 独立当時の雰囲気が残る街になっている。イギリスの雰囲気と言ってもいい。建て替えられても古い外観を維持しているようだ。


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 レンガ造りの外観の建物のひとつが、ディーン&デルーカだったので入ってみた。JALの日本発欧米路線で出されるアイスクリームはディーン&デルーカのものなので、気になったのだ。

 中は市場風になっているが、商品がきれいにレイアウトされている。高級食料品店といった感じだ。


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 チェサピーク&オハイオ・キャナル(略してC&Oキャナル)。

 ワシントンD.Cからポトマック川沿いに300km近く続き、荷物を内陸へと運んだ。両側をレンガ造りの建物が挟む中、運河沿いの小道を歩くのはとても気持ちがいい。


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  運河には水門もある。低いほうの側の水門を閉じる。高いほうの側の水門を開ける。すると徐々に水面が上がり、船が持ち上げれれていく。閘門式の運河と同じなのだが、水門は人間の手で動かせるものだ。


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  運河の起点まで歩いたあと、一転して車が途切れなく走る幹線道路を少し歩くと、大きなビル群があった。これが、ウォーターゲート・コンプレックス。

 ウォーターゲート事件の舞台になったところだ。いくつかあるどのビルが舞台になったのかまでは不明。

 右の道を進むと、1kmほどでリンカーン記念館に至るが、今回は左の道を進んだ。


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 地下鉄フォギーボトムGWU駅に向かうため、幹線道路から脇道に入った。古い住宅街があった。


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 ジョージ・ワシントン大学。この敷地内を抜けると、地下鉄フォギーボトムGWU駅。GWUとはジョージ・ワシントン・ユニバーシティの略だ。ここからスミソニアン駅まで地下鉄で移動。
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2015年04月25日

硫黄島記念碑とラーメン

ワシントンD.C.旅行記4日目3回目


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 アーリントン墓地から硫黄島記念碑へは歩いて行くことにした。アーリントン墓地の外周の外側の道を歩いた。

 やがて、オランダから贈られたカリヨンの塔があった。上部に鐘がたくさんついている。上に上がれば景色がすばらしいらしいが、上がる気力がなくて通過。


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 硫黄島記念碑(海兵隊戦争記念碑)。

 1945年2月、第2次大戦の末期、米軍は日本本土空襲のため硫黄島を占領しようと、島を死守しようとする日本軍が激戦を繰り広げた。結局、米軍が島を占領し、星条旗を島に立てた。その様子を従軍記者が撮影し、ピューリッツァー賞を獲得した。その写真のままの姿を彫刻家が銅像にしたもの。力強さとともに、過酷な状況が伝わってくるような像だ。つくられたのは1954年。

 台座にはさまざまな戦争名が書かれていて、各種の戦争での海兵隊の戦死者を慰霊する碑であり、日本に対して勝利したことを記念するものではないようだ。とはいえ、日本の島を占領する姿である像を見ると複雑な気分になり、素直に慰霊する気持ちにはなれないものがある。


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  硫黄島記念碑からさらにロザリンの方向に歩いていくと、泊まっているハイアットホテルの前にでた。なるほど、道はそのようになっていたのかと感心。このとき17時ごろだったのだが、いったんホテルの自室に戻って休んだ。 


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 夕食をどこでとるか考えた末、ガイドブックにのっていたラーメン店、大鍋屋(だいかや)に行ってみた。地下鉄で、前日にも行ったチャイナタウンに出向いて店を探した。


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 生ビールを注文。銘柄は不明。


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 餃子。


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  塩ラーメン。

 日本でも最近食べていなかったラーメン専門店でのラーメンと餃子。久しぶりに食べて美味しかった。完全に日本の味だった。値段は日本で食べる2倍くらいだったが。
posted by とんび at 23:27| Comment(10) | USA

アーリントン墓地

ワシントンD.C.旅行記4日目2回目


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  地下鉄ハンチントンはイエローラインの終点駅。周辺は住宅街。日曜の昼下がりでガラガラの電車だった。


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 途中、ブルーラインに乗り換えて、30分強でアーリントン墓地駅に到着。


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 駅から10分ほど歩いて墓地へ。写真は墓地の玄関で、徒歩で墓地を見て回るなら玄関から入場する。今回は、墓地内を巡回するバスに乗車するので、写真の左側にあるビジターセンターに行った。


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  ビジターセンターで墓地内の巡回バスのチケットを購入。9ドルだったが、ここでは、日本から持参したクレジットカードが全部使えなかった。原因は不明。ワシントンD.C.ではほぼすべての支払いはクレジットカード払いにしたのだが、屋台のホットドッグと自動販売機の飲物とここの支払いだけが現金払いだった。


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 墓地内には延々と白い墓標が並んでいる。アーリントン墓地には戦死者のほか英雄とされる人たちが眠っている。

 戦死者は、古くは独立戦争、米英戦争、南北戦争、最近では湾岸戦争、イラク戦争など、独立以来、米国がかかわったすべての戦争の戦死者を対象にしている。ただし、ほかの墓地に埋葬される人もいるので、全員というわけではない。


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  アーリントンで埋葬されている英雄の中でも、一番人気があるのがジョン・F・ケネディだ。巡回バスは途中で3度停車し、そのまま乗っていてもいいし、一旦下車して、見学のあと、次にやってくるバスに乗ってもいいのだが、3ヶ所のうちケネディの墓地だけはすべての乗客が下車した。

 手前がJ・F・ケネディ、向こうがジャックリーヌ夫人の墓。写真には写っていないが、左に弟のエドワード・ケネディの墓がある。ロバート・ケネディの墓も少し離れたところにあるが、行かなかった。


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 JFKの墓のすぐ下では、遠足で訪れた学校だろうか、記念撮影をしていた。遠方に見えるのはリンカーン記念館。


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 JFKの墓から、次にやてきた巡回バスに乗車したのだが、今度はレトロな路面電車風のバス。


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 次に無名戦士の墓で下車。バスを下りると、まず記念野外劇場がある。墓はその向こうのようだ。


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 無名戦士の墓。24時間、ライフルを構えた衛兵が守っているが、たまたま衛兵交代の時間だったので、しばらく見る。

 見ごたえがあるが、観客が多くて、見にくい。でも私服を着た、たぶん兵士が自分の横を開けさせたので、見やすくなった。横を兵士が通るのかと思ったが、通らなかった。儀礼面で開けさせる必要があったのだろう。10分ほど時間をかけて、衛兵が交代した。

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  巡回バスを待っていたら、待っている場所から、他とはちょっと違う墓が見えたので、見に行った。

 1986年に発射直後に爆発したスペースシャトル・チャレンジャーの乗組員7名の記念碑であった。

 2003年に地球帰還時に空中分解したスペースシャトル・コロンビアの乗組員7名の記念碑もそばにあったはずなのだが、気づかなかった。

 スペースシャトルは5機(試作機を入れると6機)つくられ、135回飛行しているが、うち2機が事故を起こしたことや、135回中2回ということを考えると、かなりの危険性があったと改めて思う。残りのスペーシシャトルだが、ディスカバリーは翌日、ウドバー・ハジーで見ることになる。エンデバーはロサンゼルスのカリフォルニア科学センターで、アトランティスはケネディ宇宙センターで展示されている。試作機のエンタープライズはNYのイントレピッド博物館で展示されている。なんか、全部見てまわりたくなってきた。


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 再び巡回バスに乗車し、アーリントンハウスで下車。すでに16時ごろだったためか、下車しない客が大部分だった。

 南北戦争のときに南軍の指揮官だったリー将軍の邸宅だ。墓地の土地もリー家の所有だった。もともとジョージ・ワシントンの孫が建てたのだが、その娘がリー将軍と結婚し、リー将軍がここに住んだ。その後、南北戦争がおこり、リー将軍はここを去り、北軍が占領。邸宅は没収され、北軍兵士の墓が作られた。戦争後、リー家に返還されたが、墓があったので、リー家は政府に売却し、現在に至る。


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 邸宅に入るには20分ほど待った。中は南北戦争当時の家具などが置かれている。

 このあと巡回バスでビジターセンターに戻った。アーリントン墓地では、3ヶ所での見学とバス乗車を合わせて3時間ほど滞在した。
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2015年04月24日

ペンタゴンとマウントバーノン

ワシントンD.C.旅行記4日目1回目


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 4日目はバージニア州側を見て歩くことにした。最初は地下鉄ブルーラインでペンタゴンへ。この日は日曜日だった。日曜日の早朝はきわめて本数が少なく、ロザリン駅で20分ほど待たされた。


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 駅を出て地上に上がり、屋根のないところに出ると、ペンタゴンが目の前に見える。ペンタゴン駅の近くにある建物はペンタゴンだけで、ペンタゴンに行く人たちのための駅だ。

 ペンタゴンは撮影禁止だ。至るところにNo Photograph の表示がある。そのため写真なし。

 2001年の同時多発テロの際には、ハイジャックされた航空機がペンタゴンに激突し、184人の犠牲者が出た。その慰霊碑を見にいった。地中から出たような板が慰霊碑で、犠牲者の名が彫られ、これが184基ある。この慰霊碑だけは撮影OKだった。


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 ペンタゴン訪問後、イエローラインで終点のハンチントンまで30分ほど。下車後、マウントバーノンに向うフェアファックス・コネクターバス101番に乗車。平日は30分に1本なのだが、この日は日曜で1時間に1本だ。それでも待ち時間は15分ほどだったのでラッキーだった。


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 マウントバーノンは初代大統領ジョージ・ワシントンの邸宅と農園だ。ワシントンD.C.の南25kmほどのところにあるが、自然の中の邸宅という感じだ。

 邸宅への入場は時間が指定されていて、時間になれば並んで入った。邸宅内は撮影禁止であった。


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  邸宅の裏手からはポトマック川が見える。ワシントンD.C.で見るポトマック川より幅が広く、周囲に建物がなく、自然の中を流れている。


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 鍛冶の実演をやっていた。農園では鍛冶も自前でやっていたようだ。


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 ジョージ・ワシントンの使った馬車。


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 ジョージ・ワシントンの墓。敷地内の森の中にある。


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  奴隷記念碑。この付近に奴隷が埋葬されていたらしい。


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  広い農場の中の道を歩いた。


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 敷地内のカフェで昼食。ツナサンドとチリスープ。バスの時刻が気になって、大急ぎで食事。食べ終わるとバス乗り場に急ぎ、バスで地下鉄ハンチントンへ。
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